一つの時代が終焉・・・するか?

  • Day:2008.01.28 09:08
  • Cat:時事
インドネシアのスハルト元大統領が昨日亡くなりました。86歳。
1966年から1998年までの33年間、彼は「開発の父」であり、また「KKN(カーカーエヌ:汚職、談合、縁故主義)政治」の人でもありました。

その任期の最後の5か月間をジャカルタで過ごしたものとしては、感慨深いものがあります。

私の主な仕事相手はインドネシア政府の役人だったのですが、聞きしに勝る中央集権と上意下達のシステムのなかで、インドネシア国民のために仕事をしようという気持ちを持っている人は(限られた相手の中ですが)ごく少数でした。「全ては天の声が決める」という諦観が支配的な体質だったのです。

それが、旱魃による米不足、森林火災が相俟ってあれよあれよという間に世の中が不安定になっていきました。決定打はスハルトがよろけたという「事件」、一応開発独裁として安定感を保っていたインドネシアは一挙に信頼を失くし、タイあたりから始まった通貨危機の荒波の直撃を受け、通貨ルピアは10分の1にまで下落したのであります。
同じ頃、ガソリンの値上げが実施されますが、その前夜のスディルマン通りは、値上げ前に満タンにしようと列を成す車で大渋滞に陥りました。

一方で学生たちはスハルト退陣を主張し始め、連日学校内でデモを展開しました。インドネシア大学、アトマジャヤ大学、トリサクティ大学といったジャカルタの大学では、学生たちの興奮と警備の軍のにらみ合いが続きます。

5月12日、トリサクティ大学で集会中の学生が射殺されます。これがきっかけとなって14日に市内のあちこちから火の手があがりました。暴動です。そのとき私は国家開発企画庁というところで大きな会議を傍聴していたのですが、会場内がざわざわしだしたので抜け出して、ヌサンタラビルの上層階にあるしゃぶしゃぶ屋の窓から燃え上がるタナーバンを見ました。この日から24時間体制の緊急避難オペレーションが始まります。

結局スハルトは20日に辞任、副大統領のハビビが大統領に就任します。

退陣後のインドネシアの政治家や役人たちのスピーチの中には、KKNを糾弾し、レフォルマシ(改革)やオートノミー・ダエラ(地方分権)をという言葉が溢れました。そして不十分とはいえその政策のいくつかは実現しています。

暴動では約1000人(主として華人)が殺されてしまいました。レフォルマシを叫んだデモと、混乱に乗じてコタの商店を襲い華人を殺害した暴徒は全く別のものですが、両者が相乗してスハルトを退陣に追い込んだのは事実です。その犠牲者たちのためにも、インドネシアで民主化を実現しなければならないと思っていた人たちもいたでしょう。

でも、スハルト退陣後もスハルト的体質は依然としてインドネシア政府には根深く残っています。KKNを根絶することは日本でもできていませんから無理としても、せめてもう少し少なく、また露見したときくらい法によって裁かれるシステムになってほしいと思います。

暴力と混乱によってしか独裁政権が終焉しないのかどうかはわかりません。でも、グッドガバナンスに近づくために必要なことは理性と説得と知足安分の精神でしょう。

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