植民地とテロと援助

とてつもなく面白い映画を見ました。2時間あっと言う間です。
「アルジェの戦い」ジッロ・ポンテコルヴォ監督の1965年の作品。

アルジェリアの対フランス独立闘争を描いたものです。1954年頃から独立を勝ち取る1962年までのアルジェでの解放戦線と仏空挺師団の戦いです。

「グラッツェ」という言葉が頻繁に聞こえるので、おかしいなと思ったらイタリアとアルジェリアの合作なのですね。監督は「死刑台のメロディ」も作っているイタリアでは左翼と言われている人です。

興味深いことが三つありました。
一つは、憎しみの連鎖が一般人を巻き込んでいく過程です。解放戦線は当初フランス警察官を殺害していましたが、ある時警察がカスバの住宅街を爆破させたことから、一般のフランス人が集まるカフェや空港での爆弾テロへと走ります。その結果本国から空挺師団が派遣され、カスバの住民に対する弾圧が激しさを増します。ついには、解放戦線は車から市街を歩いているフランス人めがけて自動小銃を撃ちまくるのであります。

この戦い自体は反植民地闘争としてアルジェリア解放戦線に分があるのでしょうが、「自由平等博愛」のトリコロールは50年前にはフランス人同士での話にしかすぎず、アルジェの地で我が物顔に振舞っていたとしても、殺されてしまうほどではなかろうとも思います。

二つめは、元レジスタンスの闘志マシュー中佐の発言。カスバの住民に向かって、「学校や道路、病院を作ったのは誰だ?」とフランス政府への恩を思い出させる場面があります。思わず援助の世界を思い出してしまいました。
もちろん、「政治上も主権を有しない属領で、ある国からの植民(海外移住者)によって開発され、経済的・政治的にその国に支配されている地域。武力によって獲得した領土」である植民地と主権も政府もある被援助国は違います。
でも、宗主国も援助国も詰まるところ目的は同じような気がします。それは資源です。援助国は自国の企業が被援助国の資源開発を有利に進めることができるように、あるいはその資源を安定的に確保するために、援助をしているといっても言いすぎではありません。
武力を使わないし、資源の対価も支払われているのでしょうからその分進歩したと喜ぶべきなのでしょう。

もう一つは、レジスタンスとテロの違いですね。この映画でもフランスは解放戦線の抵抗をテロと呼びます。ただ、歴史の評価としてはこれはレジスタンスですね。今声高に叫ばれている「テロとの戦い」というのは、マシュー中佐が解放戦線の抵抗をテロと呼ぶのとどこが違うのかという問題です。アルジェリア解放戦線は植民地支配からの解放という大義名分がありました。アル・カーイダはアメリカに支配されているわけではないです。では別の大義名分がありうるのか?その辺はよく分からないのですが、私は、非戦闘員を巻き込むようなもの(未必の故意であっても)はテロと呼びたい気がします。

解放戦線が壊滅した1957年から3年後、アルジェの民衆が一斉に蜂起します。街はアルジェリア国旗を振る何万という人々であふれ、仏軍はなすすべもなくついに1962年、アルジェリアは独立します。そのとき、天安門のようなことをしなかったことだけは、フランスを評価してもよいのかもしれません。

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(2002/11/25)
ジッロ・ポンテコルヴォ、エンニオ・モリコーネ 他

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