メディアは何を伝えるか 松本サリン事件とブット氏暗殺

県立図書館の視聴覚資料コーナーの、それも劇映画とは違ってほとんど手にとられていないと思しきお上の広報や教育用DVDが並ぶ棚の片隅に、予想もしなかった「作品」を見つけました。

「テレビは何を伝えたか -松本サリン事件のテレビ報道から-」という、松本美須々ヶ丘高校放送部が製作したビデオです。

タイトルから容易に想像できるとおり、このビデオは1994年に起こった松本サリン事件を巡る報道を題材にしています。
面白いのは、当時の映像や新聞記事は一切出さず、長野県内の五つのテレビ局報道記者のインタビューで全編が構成されているところ、自分たちの報道姿勢をふり返って語るという証言集として作っている点です。

記者たちも分かっているんです、河野さんを犯人とした誤報の原因は。警察情報に頼りすぎ、調査能力の限界、スクープ合戦等々。そして、どんな対策がとられたとしても、この宿痾から逃れることは絶望的に難しいことも。

高校生たちも、メディア側の努力だけではこの問題が解決できないことを見抜きます。そして、自分たちがメディアのことを知り、受け止め方を変えなければならないと考え、記者の参加も得て、メディアリテラシーに関する授業を行います。

しかしメディアリテラシーの向上というのはなかなか難しいことです。一言でいうと、「この報道は嘘かもしれないな」、「ここで伝えられていることの陰には、何倍もの伝えられていない事柄があるんだろう」と思いながら、しかもメディアと接し続けるという態度を身につけることですから。メディアは信用できないから一切接しないというのは簡単です。虚実ないまぜだけど付き合おうという態度がをとるのが難しいと思います。

人間関係に喩えれば、「あの人は知ったかぶりだけど、まあ付き合ってあげよう」という広い心を持たなければならないのです。

たいていの人は、政治家の言うことは眉唾として受け止めているのに、なぜテレビや新聞の報道をたやすく受け止めてしまうのか?

政治家の発言は、その政治家の過去や日ごろの言動を知る人の噂話などから大きく修正されています。地元に密着した政治家であればあるほど、あいつはあんなえらそうなことを言ってるが子供の頃は悪がきだったとか、勉強はできたけどからきし意気地がなかったとか、あそこの土建屋とつるんでいるとかいう類のゴシップがあるわけです。それを知ってなお、支持する人は支持するのですね。

ところが、報道機関については、そのようなゴシップが伝わってきません。某局の報道会議ではこんないい加減なことが話されていたとか、あそこの報道部長は視聴率至上主義者だとかいうことはあまり知られず、常に自分たちの正しさ、「公正で客観的」であることだけが表に出されています。読者・視聴者もいつの間にか、テレビや新聞は正しいと思わされてしまうのです。

もう一つ素朴な疑問は、なぜ報道機関は「公正で客観的」であることを標榜するのか?

その理由は、「公正で客観的」でなければ信頼されない、信頼されなければ視聴率や部数が減少してしまうという強迫観念です。ですから常に報道機関は伝えることが全て正しいかのようなそぶりをせざるを得ず、松本サリン事件のようなことがあると、一挙に信頼を失ってしまうのです。

これが例えば「日刊ゲンダイ」や「大阪スポーツ」であれば、読者は常に眉に唾をつけながら記事を読んでいますから、誤報と分かっても即信頼を失うということにはつながりませんし、部数減少にもつながらないでしょう。読者の態度は朝日新聞を読むときと大スポを読むときでは明らかに違います。逆に言うと、大スポを読むときには、人は他のスポーツ紙や大新聞、テレビから得た情報とつき合わせて読んでいるんですね。

朝日を読むとき、テレビのニュースを見るときも、大スポと同じような態度で接しなさいというのが、メディアリテラシー向上のために求められていることの一つです。この場合、つき合わせるべき情報とは、自分が持っている他の情報ということになります。これは、書物や人の話、現場から得られる情報などなど、自分で意識して調べないと得ることが難しい情報です。

この作業、自分で調べ自分の頭で考えるのが大変だから、人々は、「正しい事実」を伝えてくれるメディアを求めてしまいがちです。○○だけ読んでいれば用が足りると思いたい。でも、そんなことはありえなくて、そんな幻想を基盤として成立している大メディアは、大スポよりも不健全なのかもしれません。もちろんその不健全な基盤は私達なのですが。


産経のサイト「iZa!」でこんなニュースが伝わってきました。

ブット氏暗殺アルカーイダか 全土で放火・略奪

パキスタンの民間放送局がアル・カーイダから犯行声明が出たと伝え、内務省報道官もその可能性を示唆しはじめました。


この暗殺を巡る報道に注目してみたいと思います。


それにしても情けないのは、「テレビは何を伝えたか」に登場したある記者のその後の態度。作品が話題になり、オンエアされることとなったとき、自分の部分は出さないでほしいと言い出したそうです。職場で「何を偉そうにしゃべっているんだ」と白い目で見られているというのが理由です。こういうエピソードの集積が、メディアと対峙するスタンスを養ってくれるかもしれません。

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