チュマラの恋の物語

cemaralong


その日の朝アディは海を見てました。アディの家はインド洋の目と鼻の先です。アディはきらきら光る朝の海を眺めるのが大好きです。波打ち際に聳える一本の大きな木もアディのお気に入りです。結婚して一か月、新婚生活の楽しさのせいか、いつにも増して海は美しく穏やかに見えていました。

突然海岸線が遠ざかっていきました。砂浜にとり残された魚が銀色に光っています。どうしたんだろうとアディは思いました。海を眺めていてこんな不安な気持ちになったのは初めてです。すると水平線が急に高くなるのが見えました。自分の身長が縮んだような、世界がせりあがってくるような気がしました。
アディは逃げようと椅子から立ち上がりました。夫を大声で呼びました。
次の瞬間、アディは水の中にいました。ソファもテーブルも、お皿も雑誌も水の中に浮かんでいます。
アディは必死で水の上に顔を出そうとしました。でも、いろんなものが邪魔でなかなか上がれません。ようやく顔を出して息が出来るようになった時、アディの眼の前には家から遠く離れたモスクの玉ねぎ型をした屋根が光っていました。

どこにどうつかまってどうやって助かったのか、アディはよく覚えていません。気がついたときにはモスクの前にしゃがみこんでいたのです。周りには大勢の人が倒れていました。ぴくりとも動かない人もいて、アディは逃げるように家に戻りました。でも、家はありませんでした。

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夫はいつか戻ってくる。避難所で過ごすアディは毎日そのことばかりを考えていました。
哀しくなるとアディは、いつも眺めていた大きな木の下で声を上げて泣きました。幹を這う何本もの宿り木の根に耳をあて、水の吸い上げられる音を聴きながら、夫を返してくださいと大きな木に願いました。
やがてアディの涙は枯れ果て、頬には跡が白く残りました。

cemaraaori


キャンプには外国人たちが大勢やってきました。水や食料、薬を持ってきてくれました。英語の得意なアディは、避難所のみんなが必要とするものを彼らに伝える役目をするようになりました。そして、外国からやってきたキリスト教の団体で働くようになりました。イスラム教徒のアディですが、その時は宗教のことはとりあえず考えないようにしました。

一年後、街は少しずつ活気を取り戻してきました。でもアディの住んでいた村は何もないままでした。生き残った数少ない人たちも、みんな恐がって戻ってきませんでした。アディは一人、家のあったところに小屋を作って住み始めました。

アディはヌルルと知り合いました。ヌルルはアディの小屋の雨漏りを直してくれたり、アディの話を長い時間黙って聞いてくれました。ヌルルの妻も行方不明のままでしたがヌルルはあまり話をしませんでした。話すと思い出して哀しくなるから、とヌルルはアディに言いました。二人はお互いに寂しさを埋め合わせました。

ある日ヌルルが言いました。チュマラの木の下で店を開かないか?チュマラって?とアディは聞き返しました。あの波打ち際に残った大きな木だよ、とヌルルは答えました。このときアディはヌルルのことを夫と同じくらい愛していることに気づきました。

アディとヌルルは今、チュマラの木の下で「CEMARA」という名の食堂を開いています。ウレレという名のこの海岸には、以前のように週末にはたくさんの若者で賑うようになりました。アディの村にも少しずつですが、知り合いが帰ってきています。

adi dan nurul

Comment

Re:チュマラの恋の物語
お仕事お疲れさまでした。

チュマラの恋の物語、ありがとうございました。苦難を越え、宗教を越え働いていらっしゃったアディさんと、それを支えるヌルルさんに幸多かれと祈りたいと思います。

アチェは現在洪水に襲われているとのこと、心安まる間もありません。これ以上被害が広がらなければいいがと思っています。

私もささやかながら、NGOでお手伝いさせていただこうと思っています。

ちょっと早いかも知れませんが、1年間ありがとうございました。
よいお年を!
紫陽花

  • 2006/12/26 12:50
  • URL
紫陽花さんもよいお年をお迎えください。

今回は、特に仕事というわけではありませんで、だから(というかにもかかわらず)とても充実したインドネシアでした。
  • 2006/12/27 19:39
  • おおみや
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はじめまして。また遊びに来ますね。
  • 2008/11/21 13:47
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はじめまして
はい、お待ちしています。いつでもどうぞ。
  • 2008/11/21 20:10
  • omiya
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