やらせ・動員はなぜいけないか?

6月26日に経済産業省が主催した佐賀県民向けに玄海原発の安全性などを説明する番組に、九州電力は社内および協力会社4社に対して原発再稼働に賛成する内容のメールを送るように指示していた。いわゆる「やらせメール」問題である。この事件はその後古川佐賀県知事の九州電力幹部に対する発言が引き金となった疑いが浮上している。

また、中部電力は、2007年に国が主催した浜岡原発でのプルサーマルのシンポジウムを前に、経済産業省原子力安全・保安院から、「(容認の立場からの)質問書を作成し、地元の方に発言してもらう」よう、口頭で依頼を受けたがこれを拒否、ただ、同社員や関連企業に参加を依頼したことを7月29日に明らかにした。

このような「やらせ」「動員」が直感的にはおかしいと感じながらも、ネット上では「反対派も動員してるではないか」との書き込みが多数なされており、一瞬混乱に陥ってしまう。はたして「やらせ」「動員」問題の本質は何なのだろうか。

※ ※ ※

1.裁判員がやらせだったら?
性格が違うが、もしも刑事裁判の裁判員が対立する一方の側の動員によって決まるとしたらどうなるだろうか?現行の裁判員制度では、6名の裁判員が選挙人名簿からくじによって選ばれている。これがもしも公募制で、検察側若しくは弁護側からの動員で、例えば仮に6人中4人がどちらかの動員による応募者だったらどうだろう。裁判の結果は著しく不当性を帯びたものになってしまうと考えられる。検察側、弁護側どちらの動員者が多数を占めても不当だから、これを説明会に単純に当てはめると、推進反対両派の動員は同じように不当であるということになる。

裁判員裁判と、今回の説明会(番組)との違いは次のような点だ。この違いが「推進反対両派の動員は同じように不当である」という上述の当てはめにどう影響を及ぼすのだろうか。

1)主催者が違う。裁判の主催者は中立である裁判所だが、説明会の主催者は原子力を推進する立場の国である。
2)動員されたものの意見がストレートに結果に反映されるわけではない。裁判では裁判員の多数決結果が即ち判決となるわけだが、説明会に動員された人の意見・アンケート結果・拍手の大きさや、やらせメールの内容がそのまま原発の稼働・廃炉に結び付くわけではない。

2.説明会は何のためになされるのか

説明会というのは被説明者の理解を得るために行われる。この場合では原発に反対する人、不安を抱く人、推進派だが知りたいことがある人などに、玄海であれば安全検査の確認結果を伝えること、浜岡であればプルサーマルの安全性を伝えることが目的である。

なぜ、県民の代表者である県議会や県知事への説明だけではなく、県民に直接説明するのか?もちろん、説明会によって少しでも反対・不安な住民を減らしてその後の稼働を円滑に進めたいからだ。そしてもう一つが、説明会を開くほうが「より民主的」だからだ。

そもそも間接民主制は直接民主制の実施が物理的に難しいからとられている次善の策であり、できるのであればすべての政策を県民全員の意見を聴いて決めればよい。それができないから普段は代理である議会や知事によって物事が決められている。

県・市町村議会議員や知事は住民の選挙によって選らばれてはいるものの、必ずしもその選挙時に原発が争点となっていたとは限らない。選挙での有権者の判断材料は実に多岐にわたるものであるから、あの候補は原発は推進(または反対)だが、他の候補者よりも他の政策がマシそうだから一票投じよう、という投票行動がとられる。だから県民に対して直接説明することが「より民主的」なのだ。県民への説明を抜きにして議会や首長の判断だけで原発の去就を決めれば必ず、非民主的だという批判がなされる(もっと非民主的なのは選挙で選ばれていない権力者の決断によるもので、これは独裁という)。

3.考察
説明会は裁判と異なり、原発を推進する国が、住民に理解を得るために開かれたものである。そこで得られた県民からの意見は、原発の稼働・廃炉に直結しないものではあるが、国・県・市町村の原発に対する判断に影響を与えることになる。例えば、県民の多数が原発推進であれば、議会も知事も国もゴーサインを出すことが容易になる。そして、こういうことができる。「民主的な手続きに則って県民の皆さんの意見も踏まえて結論を出した」と。

そこに原発を運転している企業とその協力会社の人たちが、大挙して意見を表明し多数を占めたのが今回の事例である。民主的な手続きではなく、形骸化した単なるセレモニーと言えるだろう。

では、仮に反対派が動員をかけ、マジョリティを占めていたとしたら、そして議会・知事・国が、その意思を尊重し、廃炉を決断したとしたら?それをしも「形骸化」と言えるのだろうか?逆に、民主的な手続きが為政者の意思決定に影響を与えたと称賛されるべきなのか?

4.結論
議論は振り出しに戻ったようで、少し進化している。
おそらくは、反対派の動員に対置されるべきは、原発の当事者以外で、例えばエネルギー政策の観点から原発推進すべしと考えている県民のような人たちだろう。その人たちが推進団体を作って動員を呼びかけても、それはまったく問題ないだろう。これと同じ理屈で、反対派の動員も非難されるべきものではない。両者の共通点は何か?それは説明会を実質的なもの、中味のあるものとしようとする意思だ。逆に、原発当事者たちの動員は、説明会を茶番に変える。それこそが最も重大な罪なのではないだろうか?

5.補足
今後の説明会には推進という一方の意思を持つ主催者側の人たち(当事者)の参加は制限すべきだ。そして、当事者以外の人たちに理解を促すことを説明会の目的とすることを明記すべきである。そうすれば、もしも当事者内部の誰かが動員をかけた場合には、偽計業務妨害罪の成立が考えられる。浜岡のケースのように原子力安全・保安院自らが動員をかけ説明会を茶番化しようとしていた場合には、そもそも妨害から守るべき「業務」が存在しない。

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