アメリカンニューシネマ2本の男の泣く場面

  • Day:2011.06.12 18:17
  • Cat:映画
それも生き方というか嗜好なのだろうか。
強い人よりも弱い人に惹かれてしまう性向がある。全く損な性分である。

映画で言えばそれは、松竹ヌーベルバーグであったりアートシアターギルドの作品を好むということか。アメリカ映画であればアメリカンニューシネマである。そこでは主人公はタフでも強くもない。非ジョン・ウエインなのだ。

『ファイブイージーピーセス』と『真夜中のカーボ-イ』のことが『マイ・バック・ページ』に出てくることは6月2日に書いた。週刊朝日の表紙を飾った保倉幸子がモデルである、週刊東都のカバーガールがその2作で泣く男どもに好意的な言葉を寄せるのだ。その2本を再見した。

『真夜中のカーボ-イ』のダスティン・ホフマンが「I'm scared」と言いながら泣くシーンは保倉幸恵のみならず、松山ケンイチ扮する活動家も口にする。前者は「きちんと泣ける男の人が好き」と言い、後者は「僕も(武力闘争に踏みだすとき)怖いんです」という文脈で引き合いに出す。高校生の時この映画を見ていた私は、てっきりダスティン・ホフマンがラストにマイアミ行のバス車中で死ぬときにこのセリフを言ったのだと思い込んでいた。

しかし、違った。元々足の悪かった彼が、いよいよ歩けなくなってしまう。「転んでばかりいる」。ニューヨークの空きアパートで不法に暮らす彼が、ジョン・ヴォイトに向かって言うセリフだった。「歩けなくなることが怖い」。

『ファイブイージーピーセス』はどこにも居場所を見つけられない男の話だ。ジャック・ニコルスンが演じている。『マイ・バック・ページ』の原作者川本三郎はこの映画にさほど感銘を受けた様子はなく、一緒に見た保倉に「あまり面白くなかったね」と言う。それに対する保倉の答えが「ジャック・ニコルスンが泣くところが良かった」というのだ。

ニコルスンは音楽一家の生まれだ。父親は(たぶん)高名なバイオリニスト、兄もピアニスト、自身も優秀なピアニストだった。彼はそんな境遇を窮屈に感じて、家を出る。油田か何かで肉体労働をして過ごす。ある日父親が病気だというのでワシントンの家に帰る。車いすの父親は口がきけなくなっていた。ニコルスンは車いすの父と、(たぶん)ポトマック川のほとりで二人だけで話す。父が話せないのを幸いに家を出たわけを話しながら泣く。父が話せたら口論になっただろうと。

かようにアメリカンニューシネマの男たちは泣いた。妻夫木演じる若き川本三郎氏も、己の選択の正しさと過ちを思い泣いた。

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