男の泣き方-『マイ・バック・ページ』

  • Day:2011.06.02 18:24
  • Cat:映画
川本三郎氏の実体験を元にした映画。原作は読んでいないが、たぶん妻夫木が泣くラストシーンは、原作にはないのではないかと理由なく思う。2時間半のこの映画はこのラストに向かって決して変えることのできない、仕方のない時間として流れていく。その、いかにも映画的な構造を締めくくるこのシーンを、川本氏が用意していたのだとしたら舌を巻かざるを得ない。

こらえながら泣くってのは、首の筋で泣くことなのかと気づかされるこの白眉のラストシーン。川本氏を演じる妻夫木の首の左右にひくひくと筋が浮かぶ。私の隣に座っている、団塊と思しき男性も泣いている。右隣の若い女性が、ハンカチを握っている気配がする。

伏線はこうだ。

週刊東都の表紙のモデル(女性)と妻夫木は『ファイブ★イージー★ピーセス』を見る。アメリカンニューシネマと呼ばれる一群の作品の一つで、easyの意味は「くつろいだ」とか「平穏な」というようなものだろう。高校生の時に見たがよく覚えていない。

映画の後の喫茶店で、妻夫木は「つまらなかったね」と言う。ところがモデルは、とても良かったと言う。○○が泣くところがとても良かったと言う。妻夫木は「男らしくない」とかなんとか否定する。モデルは、「ちゃんと泣ける男の人が好き」と言う。もうひとつの例として、『真夜中のカーボーイ』で「怖い、怖い」と泣くダスティン・ホフマンが忘れられないと言う。("I'm scared"と言いながら泣くダスティン・ホフマンは自分に似ていると、この後松山ケンイチが妻夫木に話すことになる)

そして、いろ-----------んなことがあって、妻夫木が泣く。左の男性も泣く。右の女もさめざめとしている。私もちょっとジンとくる。

※ ※ ※

1969年、妻夫木は東大を出て就職浪人し東都新聞社に入社。東都ジャーナルを希望するが週刊東都に配属される。先輩の紹介である学生活動家(松山ケンイチ)と知り合う。松ケンは少数の仲間とセクト「赤邦軍」を結成し、「ホンモノ」になりたいと願う活動家だ。「ホンモノ」になるには何かデカイことをしなければならない。妻夫木の紹介で松ケンは京大の前園に会う。前園はその過激な行動で活動家たちの尊敬を集めていた。前園から「自分の手を汚してみろ」と言われる松ケンは、朝霧自衛隊駐屯地で武器を奪取するために、自衛官を殺害する。これを事前に知らされていた妻夫木は、スクープ記事として東都ジャーナルに載せようとするが…

※ ※ ※

妻夫木と松ケンの初競演ということで、観客席には若い女性が目立つ。と同時に題材が題材なだけに、70年ごろに学生時代を送った団塊の世代も目立つ。父親と娘ほどの年齢層が多い、不思議な空間だ。

前者はこのストーリーの根底に流れるものを知らない。前園が竹本信弘であり、78年ごろの京大の時計台には「竹本処分粉砕」と書かれていたことなんてつゆしらない。妻夫木が「取材源の秘匿」と言うのもピンとこないかもしれない。

後者はこのストーリーの背景を知りすぎている。69年から71年までの間に、自分がどこで何をしていたのかをこの映画を見ながら思い出している。「取材源の秘匿」が西山事件で司法に無視されたが、密約の存在が証明されたことなんかも思い出している。でも、どちらが妻夫木でどちらが松ケンか、見終わってからチラシと見比べてようやく知ることになる。モデルと松ケンの彼女役の女優の名前は覚えようともしない。

水と油ほども異なる両者を結び付けるのがラストシーンだ。それぞれがいろいろな理由で涙を流している。

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