中国人観

エチオピア航空606便バンコク経由広東行きは深夜1時5分にアディスアババ空港を離陸する。出発時刻を過ぎてようやく搭乗口ロビーに通された200人余りの乗客たちの中に、ひときわ目を引く一団がいた。15人程度の男性グループ。茶や黒のくたびれたジャンパーとスラックスを身にまとい、顔つきだけ見れば日本人と見紛う。しかしその顔色は長い間陽に焼けて黒ずみ、眼つきはややうつろで日本人のそれとは異なる。広東行きだから中国人客は大勢いるが、その中でも異彩を放っているのは、ロビーを一列に歩くさまがよく訓練された兵士を思わせたことや、背格好がまちまちなのにも関わらず全員が共通のほこりっぽい匂いを放っていたからだろう。

搭乗時間となり、25Lの座席を探していた私が眼にしたのは、その中国人グループでも最年少かと思われる背の高い青年だった。そこは自分の席だと思うのだが、というつもりで搭乗券を見せるも反応がない。「Twenty five L」と話しかけても英語は理解できないようだ。斜め前に座っていた同僚が何かを言うと、通路側の座席にしぶしぶ移動する。が、足元のかばんはそのままだ。かばんを、というと、問題ない、というような何事かを中国語で発音した。そっちに問題がなくてもこっちにはあるのだと憤りつつ、窓側に座り、かばんをとって隣に渡す。15人のグループは間に一人二人の乗客を挟んで席を占めている。チェックイン時に座席指定がされず、搭乗口ロビーに入るときに座席指定をしたのでこのような状態になったのであろう。結果、少し離れた同僚に向けた中国語があちこちで飛び交うことになった。ヘッドホンジャックが壊れていて音楽も聞けない。これは眠れないなといらだちと諦めを覚える。バンコクまで長い9時間になりそうだ。

機内食のサービスが来た。客室乗務員は「チキンかフィッシュか」と訊く。私はチキンを頼む。隣の青年は理解できないのか黙っている。すると客室乗務員は「Beef」と書かれた皿を彼のプレートにおいた。私もビーフのほうがよかったのにと思う。英語が分からないのもいいかもしれない。
食後は中国語の氾濫も治まり、中国人グループは眠りについた。杞憂に終わったことを悦び、私も眠ることができた。

きっかけを作ってくれたのは青年と通路を挟んで隣に座っていた(たぶん)エチオピアの男性だった。バンコクまであと2時間というところで、朝食が出た。そのエチオピア男性が、彼に何か話しかけている。見ると青年はパンにチーズをつけようとしていた。エチオピア男性はマーガリンをつけるのだと教えている。チーズはクラッカーにつけるのだとも指さして教える。パンが食べ終わり、チーズの包装を剥こうとするがなかなかうまくいかない。エチオピア男性に感化されたのか、私は彼が手に持つチーズの銀紙をはがしてやった。続いて。コーヒーにはこれを入れるのかと青年が聞いてきた。手に持ったものを見ると、「Pepper」と「Salt」という文字が見える。いや、コーヒーには「Sugar」だろうと言うと、「シュガ!」と納得して探し出した。初めて言葉の意思疎通ができた。

食後は筆談になった。初めての経験だ。「何処?」「安徽省」「名前?」「仕事、建設?」「何歳?」と質問攻めにする。「休暇」を「休假」と、時に漢字を「訂正」されたが、本場はあちらだから仕方がない。少し嘘だが、「我在東京」と書くと、「新宿」と書いてくる。全然嘘だが、うなずいておいた。どこから来たのかとの問いに彼は「刚果」と書く。これはお手上げだという顔していたのだろう、彼はパスポートを出してビザを見せてくれた。へえ~コンゴ民で働いていたのか、いつから?2010年4月3日から。20代半ばだ。彼らは8カ月コンゴ民主共和国の建設現場で働き、久々に帰国するのだ。陽に焼けているはずだ。

バンコクに着いた。衡建功君に別れの挨拶をした。9時間の旅は快適なものに変っていた。

hitsudan

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