平和を推進する援助とは?-シンポジウム「独立を問う南部スーダン:住民投票のゆくえと人道支援」から

あんまりなじみがないかもしれないが、国際協力業界では、「平和構築=Peace Building」という言葉が飛び交っている。
紛争地での援助や、紛争後の地域に平和の配当を与え、紛争が再発しないようにすることなどを言う。具体的にはたとえば、内戦終結後のインドネシアのアチェやスーダンへの援助は、平和構築の一環として行われてきている。

南部スーダンの独立を問う住民投票が来年1月9日から行われる。これは2005年1月の包括和平合意で決められたことで、その時は5年後までに南北の融和を実現し、南が分離しなくてもよいような状態にすることが目指されていた。しかし、現実には南北の垣根が低くなることはなく、住民投票の結果は圧倒的に分離独立となるだろうと予想されている。

というような時期を控えて、年明けからスーダン取材を予定している私としては、12月18日、表題のシンポジウム(東京・大手町)にいそいそ訪れた。

12_18symposium


キーノートスピーチは30年以上スーダンをフィールドに研究を続け、1月の選挙監視団にも参加される阪大の栗本英世さん(写真左から2番目、このシンポではみなさん「さんづけ」でとても気持ちがよい)。南部スーダンというのは、歴史上国家の庇護を受けたことがなく、常に政治的経済的に周縁に位置していたこと、南部スーダン人の願いは「まともな国での普通の生活。平和と安定。飢えと恐怖からの自由。「自分自身であること」のゆえに差別や迫害を受けないこと」であること、などが印象的だった。注)

明るく楽しい司会をしてくださったのは阪大の石井正子さん(写真左)。他のスピーカーは元JICA専門家で現在FASIDにおられる渡邉恵子さん(写真右、2008年の第二次スーダンロケではお世話になりました)や、ジャパン・プラットフォームの板倉純子さん、ピースウィンズ・ジャパンの齋藤雅治さん、難民を助ける会の河野洋さん、名取郁子さん(写真右から2番目)、ワールド・ビジョン・ジャパンの伊藤真理さんら、いずれも南部スーダンで事業を展開している人たちである。

NGOの方々からは、井戸や給水設備、トイレなどを現地で作っていることの報告があった。これらの活動に対して栗本さんは、「それらがどのくらい平和の定着に貢献してきたのか」との指摘。正直これはつらい質問で、その村に井戸ができたからそれが平和にどう結びついているのかということを示すことは難しい。私はつい、第二次スーダンロケでのジュバのおばあさん、ロダさんの言葉を思い出す。「内戦が終わってどんな気持ちですか?」との問いに彼女は答えた。「平和になって、あんたのような人が遠い国から来てくれた。それが一番うれしい」。泣いてしまいそうだ。だから井戸を作ってもらった村の人たちの思いもこういうことなのかと推測する。「平和になって外国からいろんな人が来てくれた。これまで世界から見捨てられていた私たちのもとへ」

確かに南部スーダンは長い間世界から見捨てられていた。国連のOLS(Operation Lifeline Sudan)はあったものの、それらは物資を輸送するだけのものだったのではないだろうか(「ナイロビの蜂」という映画では、飛行機から落とされた食糧に群がるスーダン人の姿が登場する。その姿はまるで「猿」のように描かれている)。他のドナーは援助には入れなかった。

もうひとつ、栗本さんから面白い提案があった。2005年1月の包括和平合意以降も南部スーダンが平和だったわけではない。ピースウインズ・ジャパンが活動しているピボールという町では、部族同士の争いで大勢の避難民が出た。その原因は、ムルレ族が子どもと家畜をさらいにきたからだという。ムルレ族は以前から野蛮で知られ、周辺部族から恐れられていた。彼らが子どもと家畜を略奪しに来るのは、自分たちの子どもや家畜が病気で死んでしまうからだという。そこで栗本さんは提案する。乳幼児死亡率を低減させるための医療協力や、獣医師を派遣するような援助はできないだろうか、と。

現状なされている平和構築の援助事業はとても間接的だ。安全な飲み水や衛生的なトイレは確かに人々の役に立つだろう。しかしもっとダイレクトに平和につながる援助ができるのではないか、というのが、前述の問いとないまぜになった栗本さんの問題意識だろう。

ムルレ族に上記のような援助をすることには効果もあるかもしれないが、大きなリスクがある。そこまで行くのはとてつもなくたいへんで、医療従事者を確保するのもたぶん想像を絶する困難さがあるだろう。実務家はそのあたりをつい考えてしまう。が、まじに検討してもいいのではないだろうか。特に政府機関あたりは。



注)とは言え、栗本さんは分離独立に反対の立場である。その理由は、南部スーダンのカリスマ的指導者だったジョン・ガランが提唱していた「New Sudan」の考えに賛成だからである。New Sudanとは、北も南も(東も西も)含めたスーダン全体を民主化するという構想である。南が分離独立した場合、南スーダンは軍の力が強いものの民主的な国家となるかもしれないが、北部はより独裁的な国家のまま取り残されてしまうだろう、というのがその理由。

Comment

Comment Form
公開設定

Trackback


→ この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。