国民に銃を向ける軍隊

  • Day:2010.05.16 06:40
  • Cat:時事
その国の軍隊の性格を判断する際、「軍が一般国民に銃を向けたことがあるか否か」は、重要な指標となりうるだろう。バンコクでは今、中心市街地を占拠している反独裁民主同盟(UDD)に対して、タイ国軍による実弾攻撃が行われている。

UDDの行動が正当か否かはここでは判断しない。ただ、中心街を占拠して交通や商業活動をマヒさせているのは言うまでもなく違法なことである。日本でならば道路交通法違反や不退去罪の適用がなされ、やはり強制的に排除されることになろう。

問題は軍が関与するかどうかということである。

想起されるのは1992年の5月流血事件である。

「1991年12月9日、新たな憲法(「1991年憲法」)が公布され、それに基づく総選挙(第16回)が1992年3月22日に行われた。総選挙第1党の新党サマキータム(正義団結)党・ナロン党首が、一旦、与党4党の推薦で首相指名されるが、ナロン党首の麻薬密売容疑で米国が援助打ち切りを示唆して強く抗議。4月7日スチンダー陸軍司令官が新たに首相に任命される。ここから国民が強い反発し、1992年4月下旬から大規模な反スチンダー運動に発展。ついには軍・警察が集会参加者に対し一斉に発砲、1992年5月流血事件を引き起こしてしまう。」(現代史 - タイ 1991年2月 タイの軍事クーデター

タイでは軍部が政治に関与することが極めて頻繁である。クーデターの垣根が低い。1932年に立憲君主制に移行してから、クーデターと名がつくものは、未遂も含めて12回もある。


さて、日本ではどうか?
戊辰戦争は内戦だから一般国民に銃を向けたことにはならない。甘粕事件は一応個人犯罪とされている。第二次大戦沖縄戦での日本軍による住民殺害は、「一般国民に銃を向けた」ことになるだろう。

戦後、60年安保で国会を取り巻いた数万人のデモ隊に対して、岸首相は自衛隊の出動を要請した。この時、強硬に反対したのが、赤城宗徳防衛庁長官である。曰く「自衛隊は外敵を相手にするもので、国民を相手にするものではないので、私はそれはできない。万が一のときに、国民に銃を向ける自衛隊を私は作っていない。」

骨のある政治家がいたものである。


以下はアピシット首相が11月議会解散をUDDに提案し、事態が鎮静化するかと思われていた5月8日、バンコクのUDD選挙地区の模様。赤シャツが売られていた。

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