事業仕分け(4)~現場を見に行く

  • Day:2009.11.26 09:29
  • Cat:時事
すっかり事業仕分けオタクとなってしまった。昨日は市ヶ谷の印刷局体育館に見に行く。

ボディチェックを受けて中に。分厚い資料を貰って、第2ワーキンググループの午前中の議論を傍聴した。国際交流基金と外務省の事業が議題である。

仕分け人の、時に乱暴な追求やせせら笑い、官僚側の持って回った時間稼ぎの答弁はすっかりお馴染みになってしまったのでもう書かない。

この日の論点で興味深かったのは、国際交流基金にある951億円の基金だ(うち政府出資分は942億円)。日米・日仏・日中のハイレベルで合意されたものなので、基金を国庫返納することは外交上できないという主張と、毎年交付金なりで手当てすればよいのではないか(つまり942億円を国庫返納するということ)との主張がぶつかりあった。

子ども未来財団をはじめとして、これまでに基金を国庫返納せよという結論が続々と出されていた。「埋蔵金」というやつである*。国際交流基金にとっては国庫返納をどう防ぐか、ということが最大の争点だっただろうと思う。そこで持ち出されたのが「外交上の問題」だった。

そしてもうひとつの理由として挙げられたのが、外国政府の資金による招聘を潔しとしないジャーナリストたちを招く際に、基金の運用益であるから直接日本政府の金で招くのではないよという理屈が功を奏することがある、というものだった。

反骨のジャーナリストはお上の利益供与を受けてはならない、というポリシーを持っている場合がある。客観的な報道ができなくなるからだろう。それは理解できる。自前の資金で活動し自由に発言するのが理想だ。

一つの例として国際交流基金が挙げたのが、あるアメリカ人ジャーナリストを日本に招く際に、日本政府の金で呼ばれるなら行かないと言われ、いやこの金は基金の運用益だと説明したところ、彼は納得して来日したという例があった、というものだった。

仕分け人側は元々政府出資の基金の運用益なのだからおんなじじゃないかと突っ込んだ。

そして、結論としては「外交上の問題がないか精査したうえ国庫返納できる部分はする」というものだった。

※  ※  ※

アメリカ人ジャーナリストの件については、そいつはアホかいなと呆れる。お上から貰わないというポリシーなら疑いのあるものを一切拒否するべきだろう。あるいは、貰っても好きなように発言すりゃええやんかと思うからだ。

それはそれとして、どうしていろんな団体に政府出資の基金がたくさんあるか?そもそもその経緯を考えてみることが必要だろう。

子ども未来財団の議論のときにあったように、基金の運用益を用いた事業には政府のチェックがなく、その団体の裁量で実施できる。政府の関与がないということはスピーディにできるということにつながる。役所がやるとどうしても時間がかかったりたくさんの書類が必要になるという弊害がある。役所自身もそう認識していたから、外郭団体が機動的に動けるように基金を設立し、その運用益はその団体の責任で使うことを進めていたのであろう(時には役所がどうしても緊急にやりたいことを、基金の運用益でやることもあったかもしれない)。また、外郭団体には役所にはない自由な発想もあるだろうことが期待されていたという面もあろう。

豊かな時代にはそうして基金が作られていった。

そして、(私は個人的にはまだまだ日本は豊かだと思うが)予算を削らなければならない時代になって、各種基金が「埋蔵金」として浮かび上がってきた。「基金を日本国債で運用したとき、その運用益ってのは結局国民の負担する国債利払いじゃないの!」という仕分け人の指摘は面白すぎて哀しい。(国際交流基金の運用先は外債が主だが)

だから、議論すべき点は、その運用益を用いた事業が当初の狙い通り、機動的で役所では思いつかないような素敵な事業に充てられたのか否かという点であろう。

惰性で続いているような凡百の事業に使われていたり、さらなる天下り団体にアウトソースして給与保証をしているような事業に使われているとしたら、国庫返納するのが妥当と思う。この点について議論がなされなかったことはとても寂しい。

*以前「霞が関埋蔵金」と称されたものと、事業仕分けで標的となっている基金はちょっと性格が異なるように感じている。いずれ分析したい。

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