米原万里 『オリガ・モリソヴナの反語法』

  • Day:2009.09.05 10:31
  • Cat:
1 エリトリア
2 北朝鮮
3 トルクメニスタン
4 イラン
5 キューバ
6 ミャンマー
7 中国
8 ベトナム
9 ラオス
10 ウズベキスタン

国境なき記者団が発表している、言論の自由ランキングワースト10である(2007年)。社会主義・共産主義国家と軍事独裁国家が並んでいる。言論の自由はグローバライズされていないことがよくわかる。まだまだやることはたくさんあるのだと思わせる。

169か国のベスト1はアイスランド、日本は37位である。日本のマイナス評価としては記者クラブの閉鎖性、プラス評価としては言論機関に対するテロが減少してきたことが指摘されている。

軍事独裁国家は別として、なぜ社会主義・共産主義国では言論の自由がないのか?あるいは実現できないのか?これはこのところ頭の片隅にこびりついて離れない謎である。

一応の答えはある。「党の無謬性」だ。
共産主義の実現を目指す国家では、共産党が唯一正しい指導者であり、党の決定に誤りはないとされる。だから、党の政策を批判することは批判者が間違っており、反革命的な行為である。従って、党への批判は許されない。

いつも不思議なのは、そうでない共産党というのがなぜ現れないのだろうかということだ。人間が完全でないことを認め、その人間の集団からなる共産党も完全ではないことを前提とし、批判に耳を傾け、対立政党の存在を認める・・・そんな共産党があってもいいのではないかと思う。プロレタリアート独裁を掲げることが共産党の本質ならば、それは存在論的に矛盾しているのだろうか?でも現に共産主義国の独裁者はプロレタリアートではないではないか!

しかし実際には、権力を握った共産党は一党独裁体制を敷き、世論から遊離し、言論弾圧とそれを担保する暴力装置(収容所)を装備する。オリガ・オリソヴナが生きたのも、そんな時代のソ連である。

※  ※  ※

1960年、シーマチカこと弘世志摩は在プラハソビエト学校に編入し、そこでオリガ・モリソヴナという名のダンス教師と出会った。70歳はとうに過ぎていると思われる彼女は自称50歳、生徒を叱責するとき、「天才少年!」などと褒め言葉を使う。これが「反語法」だ。古典的なフランス語を話すエレオノーラ・ミハイロヴナは若き日のグレタ・ガルボのような服装で、「オールド・ファッション」と呼ばれる。さらに東洋系の顔だちをした踊りの天才少女ジーナは、オリガ・モリソヴナとエレオノーラ・ミハイロヴナの二人を母と呼ぶ。

ソビエト学校に5年近く在籍したのち、シーマチカは日本に帰国する。そしてソ連崩壊後の1992年、モスクワで級友カーチャと再会、3人の人生を辿っていくことになる。関係者を訪ね、オリガ・モリソヴナとエレオノーラ・ミハイロヴナはソ連国民でバイコヌール平原(現カザフスタン)の労働強制収容所に入れられていたことを知る・・・。

「この冷酷非道な嗜虐性は、一体どこから発するのか。いかなる革命的原理に基づいて、これほどサディスティックに人々を虐待するのだろうか。ドイツ・ナチスの犯罪者たちは裁かれ、今もその責任を追及され続けている。ソビエト・ロシアにおいては、今もって平(ひら)のNKVD職員は誰一人として公に裁かれてはいない。投獄された人々を虐待し、殺した看守たちも、死刑執行人たちも、収容所の責任者たちも……のうのうと安泰な年金生活をおくり、名誉に包まれて生を全うしていく。」

スターリンによる「粛清」というものがどのように行われたのか、上に引用した一節は「祖国に対する裏切り者の家族の一員」として裁かれた妻たちが、収容所へ送られるまでを過ごすブティルカ監獄での描写の後に続いている。そこでは「用は衆目のもとにたさなくてはなら」ず、「気が狂いそうな無為」だけがあった。

おそらくはこの一節が、筆者の最も伝えたかった二つのメッセージのうちの一つである。粛清の非道さを訴えること、現在でも誰も責任をとっていないことを糾弾することは確かに著者の言いたかったことである。

しかし、これだけだったらこの小説の魅力は失われる。というか単なるアジビラに堕してしまう。この作品に豊かさを感じるのは、もうひとつの、主軸となる要素に貫かれているからだ。爆笑を誘うダンス教師の反語法と、没落貴族の悲哀を体現するオールド・ファッション、二人とジーナの特殊な関係が興味深い物語として展開されているからこそなのだ。どんな状況でも、ベストではないかもしれないが精一杯の選択をしてきた人間への連帯を表明したくなるような物語が綴られているためである。

オリガ・モリソヴナの反語法 (集英社文庫)オリガ・モリソヴナの反語法 (集英社文庫)
(2005/10/20)
米原 万里

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