高校時代の三冊

桜の季節がノスタルジックにさせたのか、離任を惜しむ花のおすそ分けを知人からいただいたからか、ハイティーンの頃のベスト三冊は何だろうかと考えた。

順序はともかく、迷わず次の三冊を思い出す。

万延元年のフットボール万延元年のフットボール
(1967/09)
大江 健三郎

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赤頭巾ちゃん気をつけて (中公文庫)赤頭巾ちゃん気をつけて (中公文庫)
(2002/10)
庄司 薫

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キューポラのある街


『万延・・・』はいかにも背伸びしたがりの高校生が読みそう。ギイのことしか覚えていないが、その後大江健三郎氏の著作を読み続けることになった記念碑的な一冊だ。

『赤頭巾・・・』も、続く白、青、黒と読みふけった。こちらは読みやすかったが、東大入試が中止になったことがあるんだあ!と驚いたことと、世の中の電話はすべてお母さんの膝の上にあるんじゃないかという冒頭の部分と、同じ受験生でありながら「薫クン」はイオニア派なんていう難しいことを知っているのかと感心したことなどを思い出す。大学の教養課程の英語に、『ライ麦畑でつかまえて』(『赤頭巾・・・』とよく比較された)を題材とした授業があったので選択したら、たった5人しかいなかったのが意外だった。

『キュー・・・』も5部作を読む羽目になった。こちらはキューポラを見に川口まで足を伸ばしたくらい熱中した。主人公のジュンと、当時懸想していた女性をダブらせていたことをここで告白しておく(*^_^*)。

で、その『キューポラのある街』第一部「ジュン」第二部「未成年」を再読する。みずみずしい文体と新鮮な言葉(たとえば初潮を迎えたばかりのジュンが、送っていこうという先生に「男くさいからイヤ」と言ったり)は輝きを失っていない。一家4人が働いてもよくならない暮らし向き、というのは流石に現在には当てはまらないのだが、繰り返される貧困ゆえの懊悩は普遍性を失わない。

ところがひとつだけ、今の日本人が読んだら笑い出してしまうのではないかと思われる記述がある。ジュンの友達にヨシエという南出身の父を持つ在日韓国人がいるのだが、彼女が父と北朝鮮へ「帰還」し、送ってくる手紙の内容がそれである。当時は朝鮮戦争が終わったばかり。北朝鮮は金日成のもと、社会主義国家の建設に向かって邁進していた。ヨシエの父はジュンの父と同じ鋳物職人なのだが、日本に来てから30年間下積み生活をし、すっかり老けこんでしまっていた。それが北朝鮮に渡ってから、住居と責任ある職位を与えられ(日本で学んだ技術を教えてくれということだが)、仕事に熱中し見違えるほど若返ったというのである。ヨシエ自身もジュンと同じように北朝鮮の製糸工場で働きながら、自分が生産すればするほどみんなが豊かになるんだと希望に燃えている。

ヨシエの手紙は他にも明るい言葉で満ちあふれ、ジュンも、北朝鮮は「理想的」な国であり、韓国は餓死者が出るような軍事独裁国家であるという認識を持っている。

隔世の感である。

少なくともゴルバチョフ以前は、北朝鮮という国が独自の社会主義国家としての理想を追求していると考えている人は日本にも多かったに違いない。それが、東側の崩壊、拉致問題、核問題などを通じて、「悪の枢軸」の一つ、「ならず者国家」となった。衛星を打ち上げると言っても誰も信用しない。よくもまあ、短期間にこれほど変わったものである。

いかに偉大な指導者であろうとも個人を崇拝することは、決定的に間違っていると考える小生としては、『キューポラ・・・』当時の日本人の認識が変わったことは歓迎したい。しかし、今メディアの標的となっている状態がよいのかいえば、少々疑問である。

人の心が移ろい易いことは身をもって知っている。移ろった過程を辿ることに、少しは意味があるかもしれない。

Comment

高校・大学の十冊
「されどわれらが日々」柴田翔
「空罐」林京子
「過ぎし楽しき年」阿部昭
「百年の孤独」ガルシア・マルケス
「ライ麦畑でつかまえて」J・D・サリンジャー
「ペドロ・パラモ」フアン・ルルフォ
「パルチザン伝説」桐山襲
「応為坦坦録」山本昌代
「木橋」永山則夫
「ゲド戦記」アーシュラ・K・ル・グウィン
  • 2009/04/03 02:14
  • 文学少年
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  • Edit
文学少年さん コメントありがとうございます。
『されど・・・』良いですね。
『百年・・・』は昨年読みました。
『ライ麦・・・』の村上春樹訳、読んでみたいです。
あと7冊は未読。死ぬまでに読みたい1000冊リストに付け加えさせていただきました。
  • 2009/04/03 13:14
  • omiya
  • URL
補足説明
「空罐」は『ギヤマンビードロ』という連作短編集のうちの一編
 ですが、林さんの長崎での被爆体験を基に書かれていると思い
 ます。最後泣いてしまいました。
「過ぎし楽しき年」は短編小説家だった阿部さんのおそらく唯一
 の中編小説で、阿部さんのTBS局員時代のことが書かれている
 はずですが、ある一人の元タレントとの交流が中心で、これも
 泣けます。
「ペドロ・パラモ」はメキシコの作家ルルフォの、いわゆる中南米
 文学を代表する魔術的リアリズムの先駆的画期的な作品で、幻と
 現実、過去と現在が境界不明のように交錯する、凄い作品だと
 思います。
「パルチザン伝説」は東アジア反日武装戦線の天皇暗殺計画に題材
 の一部をとっていたため、当時右翼の出版妨害行動に会い、大手
 出版社から出すことができませんでした。桐山さんは全共闘世代
 の良心的な部分を抽出し、それを提示することによって、現在の
 日本の在りようを問うていたと思うのですが、四十余りで病死
 してしまいました。
「応為坦坦録」はその後「居酒屋ゆうれい」が映画化された山本
 さんのデヒュー作で、葛飾北斎とその娘の物語。
「木橋」は永山さんの最初の小説集ですが、拙い文章や表現も時折
 顔を出しますが、それを遥かに上回る作者の伝えずにはいられ
 ないという熱情、自分の人生を冒した過ちを小説の中で真正面
 から向き合おうとする、その姿勢に衝撃を受けました。
「ゲド戦記」は言わずと知れた大傑作ファンタジーで、アニメは
 見ていませんが、小説だけで充分というか、これをアニメ化する
 ことさえ不遜に思えてしまうぐらいに、読者のイマジネーショを
 かきたたてくれる作品です。
  • 2009/04/03 21:42
  • 文学少年
  • URL
補足説明ありがとうございます。
文学少年さん、どれも読みたくなるようなコメントです。

「ペドロ・パラモ」、「パルチザン伝説」にも惹かれますが、まずは、「空罐」かな。私も泣けるかな。
  • 2009/04/04 05:20
  • omiya
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