暴走する資本主義(ロバート・B・ライシュ)

  • Day:2008.11.14 08:45
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9月1日に書いた「企業法人格の廃止」で紹介した本です。やっと読みました。

概要を紹介します。
1970年頃までのアメリカは、「民主的」資本主義だった。多くの産業は大量生産システムに支えられ、少数の大企業による寡占協調状態であり、労働者に十分な給与を支払える程度に価格が設定されていた。経営者は時に企業ステーツマンとして振る舞い、国家の改良に取り組んでいると自負していた。消費者にとっては選択の余地は少なく、投資家にとっても配当は大したものではなかった。

ところが現代では、消費者と投資家の権限が増し、企業は絶えざる価格競争の只中にある。それはコンテナ、貨物船と貨物輸送機、光ファイバーケーブル、人工衛星通信システムからはじまった。これらにより世界的なサプライチェーンが構築され、コンピュータとインターネットにより少量低コスト生産が可能となった。一方消費者はより安価で質の高いものを簡単に購入することができるようになり、投資家は投資先を変更することが容易になった。経営者は消費者により「お買い得」な商品を提供することと株価を上げることを最大の目標とするようになる。しわ寄せは労働者の賃金や下請けへの値引き要求という形になって表れた。著者はこれを「超資本主義」と呼ぶ。

その結果、品質の良いものが安く流通するようになったが、賃金は切り下げられ、雇用は不安定になった。ウォルマートは繁盛し、小さな商店は閉じシャッター通りとなった。

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著者はこの一連の流れを、具体的な事実を豊富に挙げて説明しています。(一部には明らかな誤りがあるようですが非常に説得力があります。)実体験と多くの点で重なっていますし、100円ショップやオークション、中国産コンピュータを利用していることが、秋葉原事件と(直線的にではないけれど)つながっているのだなと思います。
ただ、注意してほしいのはだから大企業が悪いということを著者は言っているわけではないことです。企業は法律の範囲内で利潤を追求するという当然のことをしているだけです。また、「お買い得」な商品を要求する消費者も、ハイリターンを求めて渉猟する投資家も、当然のことをしているだけであることです。
「私たちが企業に今とは異なる行動をするよう望むのであれば、ルールを変えなければならないのだ。」と著者は言います。「超資本主義への処方箋」から最も興味深い部分を紹介します。

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企業は法的擬制であり生身の人間ではないのだから、契約書の束以上の発言の自由や、法の適正手続き、民主主義における政治的な権利をもつべきではない。企業献金が持つ影響力を弱め、民意を活性化させる必要がある。法人税を撤廃し、すべての法人所得を株主の個人所得と同じように扱うべきである。これにより、企業は利益を留保する動機を持たなくなるし、低所得層の株主には低い税額、高所得層の株主には高い税額を課すことができる。さらに、企業は税金を支払っているのだから政治プロセスに参加する資格があるのだという間違った概念に風穴をあけることができる。

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なんとも大胆な提案です。法人税を払うことや企業献金を当たり前のことだと思っていましたが、そう言われれば「タックスヘイブン(heavenではなくhavenなんですね)」なんてのもあれば、企業の政治献金も昭和45年の「八幡製鉄政治献金事件」最高裁判決が出るまでは違法か否か侃々諤々やっていたんです。最高裁が政治献金をする権利=一つの参政権を企業に認めた理由の一つとして、「会社は自然人同様、納税者たる立場において政治的意見を表明することを禁止する理由はない。」というのがありますが、法人税をなくしてしまえばこれも崩壊します。

ロバート・ライシュさんはクリントン政権時代の労働長官で、オバマ次期大統領の経済顧問。閣僚への起用も取りざたされています。「民主的」資本主義へと舵を切るのか、そのためにどんな政策が出てくるか注目です。
「ショッピングセンターと地域の個人商店の両方を同時」に利用したいという私の願いはやはりエゴイスティックなものなのでしょうか?

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