『カティンの森』と高坂先生

  • Day:2010.12.31 23:01
  • Cat:映画
1982年、私は大学4回生だった。ほぼ留年が決まっていたので就職活動もせず、相変わらず西部構内をうろうろしていたのだが、たまには授業に出ることもあった。

休まずすべて出席したのはたぶん、高坂正堯先生の国際政治学だけだったと思う。何より面白い授業だったし、空白穴埋め式のレジュメも配られたので、勉強しやすかった。そこで「カチンの森の虐殺」の話を聞く。

「カチンの森の虐殺」とは、第二次大戦中、ポーランドに侵攻したソ連によって、ポーランド人将校ら数万人が殺された事件である。高坂先生のこの年の授業は冷戦下のアメリカの封じ込め政策が中心だったのだが、どういう文脈でか、この事件のことが取り上げられた。曰く「ナチスドイツだけでなく共産主義国家だって残忍で嘘つきやで」。

その事件を映画化したのが『カティンの森』(アンジェイ・ウィダ監督)である。

1943年、ナチスドイツはこの事件を知り、反ソキャンペーンを展開する。世界中の新聞にも載ったようだ。ところがソ連は逆にこの事件はドイツの犯行だと主張した。映画ではこれに抵抗するポーランド人の姿が描かれ、将校の妻たちまでも収容所送りになったことも知らされる。

ソ連がようやく事実を認めたのは1989年のこと。高坂先生の授業の7年後だ(これは自由で柔軟な人間の存在意義の一つを示している)。

学生時代の私は、アンジェイ・ワイダ監督の『地下水道』『灰とダイヤモンド』『大理石の男』は見ていたと思う。そしてカチンの森事件のことも知っていた。しかし、ワイダ監督の父親がカチンの森事件の犠牲者だとは夢にも思わなかった。

それにしてもなぜ、齢80になるまでワイダ監督はこの題材の映画化を待ったのだろうか?公式にソ連が認めてからも20年、その間に作る機会がなかったとは思えない。事件から70年近くを経て、映画化できるようになるほどこの題材はワイダ監督にとって重かったのかもしれない。
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映画における、メッセージと余剰について

  • Day:2010.12.30 02:31
  • Cat:映画
12月19日、大阪国際協力センターで『アブバとヤーバ』の上映会が開かれた。
その時の様子
上映後、JICA大阪の国際協力推進員江本佐保子さんが聞き手になってくれて、拙い話を1時間ほどさせていただく機会を得る(最後までお付き合いくださった方々には心より感謝)。

上のリンク先の文章に、私の発言としてこうある。
「二つの遠い国を選んだわけだけど、長い人生を生きてこられたお年寄りに焦点を当てるとある程度共通するものは見えてくるんじゃないかとは思っていました。でもそれを強調しようと初めから思っていた訳ではなかったし、“コーリャン”という食べ物についてはそんなつながりが出てくるなんて思ってなかったですね。結果的に多くの共通するものが見えてくるような作りになったという感じですね」

この映画のメッセージは「日本とスーダンに多くの共通点があるということですよね」と言っていただくことがある。意図したことを汲み取ってくださってうれしく思う。

だが反面、メッセージとは無関係な場所に散りばめられた映像や言葉の群れを想起し、「そうなんです。よく感じてくださいました。ありがとうございます」と素直に言えずに口ごもってしまう自分がいる。それはたぶん、映像作品の持つ特性-仮に“余剰”としておく-に関連している。

※  ※  ※

12月29日朝10時の新宿武蔵野館がこんなに混んでいるとは思わなかった。渡された整理券は101番。200席位はあるだろうし、私が好む最前列の席はいつも最後に埋まるから座れないということはないだろうが、東京でも一館でしか上映されていないこの映画に多くの人が駆けつけるという状況は好ましい。レディースデイだったこともあるのだろう、9割5分は女性客だ。もちろん、男には直視しにくい内容の映画だからかもしれない。

『デザート・フラワー』(シェリー・ホーマン監督・脚本)
ソマリア出身の女性モデルが、自らの体験をもとに、FGM(女性性器切除)廃絶を訴えるという映画だ。切除のことは聞いていたが、マッチ棒一本ほどの穴をあけて縫合すること、初夜に夫がナイフで切ることは初めて知った。衝撃的であるとともに、美しい映画である。

この映画のメッセージは何かと問われれば、「無意味で危険なFGMの慣習を止めるべきだ」ということになるだろう。主人公ワリスのシンデレラ・ストーリーと、告白する勇気、最後の国連での演説は、この映画の主脈をなしている。しかしこの映画には、FGM廃絶というメッセージだけでは納まらない魅力がある。

例えば現実のワリス・ディリーはこう語っている。
「最も美しいと言えるのは、アフリカの風景の場面でしょう。」

同感である。
冒頭のシークェンス、少女時代のワリスが家畜の群れとともに礫のごつごつした沙漠を飛び回る。弟とともに画面の奥に小さくなるその瞬間、下手から山羊の群れがフレームインしてくる。このタイミングは神業だ。抒情的だが骨太の音楽と相俟って、いやでもこの映画に惹きこまれる。

こんな場面もある。
家出するワリスが乾いてひび割れした大地を歩く。カメラは斜め前方上からワリスをとらえる。クレーンに乗ったカメラはワリスから遠ざかり、まるで皮膚の表面の細胞のような紋様を描く大地が映し出される。その場にいれば渇きと炎暑に苦しめられるだろう場所が、スクリーンには美しい風景として現れる。

アフリカのシーン以外にもたくさんの素敵な場面がある。
ワリスのヌード写真撮影シーン、マリリンとのウォーキング練習のシーン、モップがどさっと床にたたきつけられるシーン(2回出てくる)・・・。

これらの中には、FGM廃絶というメッセージを「効果的に」伝えるために必要だったものもあれば、特に関係のないものもある。例えばウォーキング練習シーンは、ワリスが人間の女としての自分を獲得していく過程としての、ファッションショーに出演するというステップを踏むためのシーンであり、ラストの国連演説につながるものだと言えなくもない。その意味で、「メッセージ」に関連している。しかしこのシーンは決して国連演説のシーンに奉仕するものではなく、それ自体として素晴らしく魅力的なものである。

モップのシーンは「メッセージ」に無関係だ。監督の遊びかもしれないし、「繰り返し」によるおかしみの喚起を意図したものかもしれない。そして、印象的である。

また、字幕の妙もある。ロンドンのディスコで出会ったニューヨーク在住のハロルド・ジャクソンが、ワリスにダンスを教えようとして言う。“You are a good dancer." このセリフを字幕翻訳家西村美須寿は「回ってみて」と訳す。直後、ワリスはハロルドに取られた手を中心に一回転する。この訳は、おそらく脚本の会話よりも優れている。

大事なことはこれらを全部ひっくるめて、『デザート・フラワー』が出来上がっていることである。見終わった後、高野で、カフェ・ラ・ミルで、あるいはガルガンチュアで語られるべきことは山のようにある。「FGMを止めさせるべきだよな」という言葉だけではもったいない、豊饒な余剰が語られるのを待っている。

映画にはメッセージ以外のものがふんだんに盛り込まれている。それは余剰であるが作り手が何らかのこだわりを持って挿入した(残した)カット・シーンでもある。メッセージとともにそれらを楽しむ行為は、映画製作者や映画そのものにとってとてもうれしいものである。

平和を推進する援助とは?-シンポジウム「独立を問う南部スーダン:住民投票のゆくえと人道支援」から

あんまりなじみがないかもしれないが、国際協力業界では、「平和構築=Peace Building」という言葉が飛び交っている。
紛争地での援助や、紛争後の地域に平和の配当を与え、紛争が再発しないようにすることなどを言う。具体的にはたとえば、内戦終結後のインドネシアのアチェやスーダンへの援助は、平和構築の一環として行われてきている。

南部スーダンの独立を問う住民投票が来年1月9日から行われる。これは2005年1月の包括和平合意で決められたことで、その時は5年後までに南北の融和を実現し、南が分離しなくてもよいような状態にすることが目指されていた。しかし、現実には南北の垣根が低くなることはなく、住民投票の結果は圧倒的に分離独立となるだろうと予想されている。

というような時期を控えて、年明けからスーダン取材を予定している私としては、12月18日、表題のシンポジウム(東京・大手町)にいそいそ訪れた。

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キーノートスピーチは30年以上スーダンをフィールドに研究を続け、1月の選挙監視団にも参加される阪大の栗本英世さん(写真左から2番目、このシンポではみなさん「さんづけ」でとても気持ちがよい)。南部スーダンというのは、歴史上国家の庇護を受けたことがなく、常に政治的経済的に周縁に位置していたこと、南部スーダン人の願いは「まともな国での普通の生活。平和と安定。飢えと恐怖からの自由。「自分自身であること」のゆえに差別や迫害を受けないこと」であること、などが印象的だった。注)

明るく楽しい司会をしてくださったのは阪大の石井正子さん(写真左)。他のスピーカーは元JICA専門家で現在FASIDにおられる渡邉恵子さん(写真右、2008年の第二次スーダンロケではお世話になりました)や、ジャパン・プラットフォームの板倉純子さん、ピースウィンズ・ジャパンの齋藤雅治さん、難民を助ける会の河野洋さん、名取郁子さん(写真右から2番目)、ワールド・ビジョン・ジャパンの伊藤真理さんら、いずれも南部スーダンで事業を展開している人たちである。

NGOの方々からは、井戸や給水設備、トイレなどを現地で作っていることの報告があった。これらの活動に対して栗本さんは、「それらがどのくらい平和の定着に貢献してきたのか」との指摘。正直これはつらい質問で、その村に井戸ができたからそれが平和にどう結びついているのかということを示すことは難しい。私はつい、第二次スーダンロケでのジュバのおばあさん、ロダさんの言葉を思い出す。「内戦が終わってどんな気持ちですか?」との問いに彼女は答えた。「平和になって、あんたのような人が遠い国から来てくれた。それが一番うれしい」。泣いてしまいそうだ。だから井戸を作ってもらった村の人たちの思いもこういうことなのかと推測する。「平和になって外国からいろんな人が来てくれた。これまで世界から見捨てられていた私たちのもとへ」

確かに南部スーダンは長い間世界から見捨てられていた。国連のOLS(Operation Lifeline Sudan)はあったものの、それらは物資を輸送するだけのものだったのではないだろうか(「ナイロビの蜂」という映画では、飛行機から落とされた食糧に群がるスーダン人の姿が登場する。その姿はまるで「猿」のように描かれている)。他のドナーは援助には入れなかった。

もうひとつ、栗本さんから面白い提案があった。2005年1月の包括和平合意以降も南部スーダンが平和だったわけではない。ピースウインズ・ジャパンが活動しているピボールという町では、部族同士の争いで大勢の避難民が出た。その原因は、ムルレ族が子どもと家畜をさらいにきたからだという。ムルレ族は以前から野蛮で知られ、周辺部族から恐れられていた。彼らが子どもと家畜を略奪しに来るのは、自分たちの子どもや家畜が病気で死んでしまうからだという。そこで栗本さんは提案する。乳幼児死亡率を低減させるための医療協力や、獣医師を派遣するような援助はできないだろうか、と。

現状なされている平和構築の援助事業はとても間接的だ。安全な飲み水や衛生的なトイレは確かに人々の役に立つだろう。しかしもっとダイレクトに平和につながる援助ができるのではないか、というのが、前述の問いとないまぜになった栗本さんの問題意識だろう。

ムルレ族に上記のような援助をすることには効果もあるかもしれないが、大きなリスクがある。そこまで行くのはとてつもなくたいへんで、医療従事者を確保するのもたぶん想像を絶する困難さがあるだろう。実務家はそのあたりをつい考えてしまう。が、まじに検討してもいいのではないだろうか。特に政府機関あたりは。



注)とは言え、栗本さんは分離独立に反対の立場である。その理由は、南部スーダンのカリスマ的指導者だったジョン・ガランが提唱していた「New Sudan」の考えに賛成だからである。New Sudanとは、北も南も(東も西も)含めたスーダン全体を民主化するという構想である。南が分離独立した場合、南スーダンは軍の力が強いものの民主的な国家となるかもしれないが、北部はより独裁的な国家のまま取り残されてしまうだろう、というのがその理由。
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