子ども手当はリゾームを生むか

  • Day:2010.05.30 10:44
  • Cat:時事
たびたび事業仕分けについて書いてきた。公開することによる政治への国民の参加意識の向上や、官僚たちの硬直的な発想、天下り法人が中抜きしている実態が晒されたことなど大いに評価に値することがあるにかかわらず、それらはマスメディアで充分報道されているのだからという思いもあり、ついつい「欠点」ばかりを取り上げてきた。何よりも位置づけが不明確だったからだ。

が、今回の行政事業レビューは違う。

水曜日から三日間経済産業省の事業についてレビューが行われた。梶川氏や福嶋氏など、冷静で鋭いコメントを放つ方々が多いからか、傾聴に値する議論が続いている。そして評価者たちの出した意見に基づいて、副大臣が省としての結論を出す。ここがこれまでの事業仕分けとの最大の相違点であり、行政機関内の事業レビューという性格を明確にしている。官僚たちも従来より行っている財務省主計局との予算折衝と類似のものとして受け止めることができるだろう。違うのはの評価者が主計官よりも手ごわいということだ。

※ ※ ※

以前(まだ大蔵省と呼ばれていたころ)、知人の主計官が「主計官は担当省庁の味方だ」と言っていた。主計官は省庁の企画(予算要求)の是非を審査するがその際、「こうすればよい事業になる」「ここを詰めておく必要がある」というアドバイスを与えることがままあるという意味である。省庁側はそれに従って、一生懸命資料を作成し、深夜まで説明する。その相手に対して、冷たい態度をとることはなかなかできない。多少の欠陥には目を瞑り、代案を示唆したり、「鉛筆の舐め方」を指南することで良好な人間関係を維持しようという気持ちが生じるのは極めてありそうなことである。

評価者にはそのような「しがらみ」はない。過去の経緯にもとらわれない。将来のコストベネフィットだけを考えて評価を下す。副大臣は評価者の意見を尊重し、事業の「廃止」「廃止を含めた抜本的な見直し」が次々と下される。3日間で「廃止」という文字が入ったものは25事業のうち17に上った*。2009年度執行額ベースで132億2800万円に上る**

子ども手当にかかる予算は5.3兆円と言われる。上記132.28億円の400倍である。はるかに及ばない、と考えることもできるが、これまでの仕分け結果や、明日から12日間行われる他省の事業レビューを考えるとまんざらでもないセンに届く可能性もある。満額2.7万円を引き下げれば何とかなるかもしれないと思わせる。

*「廃止を含む抜本的改善」などを含む。
**一部事業名が評価シートと予算内訳で一致しないため、推定した。


※ ※ ※

これまで国の予算は各省庁と独法が知恵を絞って細かく執行してきたと言えるだろう。その知恵が浅いものであったり、ばらばらで整合性を欠いていたり、OBを再就職されるためだったりしたことはあるが、喩えて言えば「ツリー構造」のようなものだ。各省庁・独法・公益法人・NPOと、上流から下流に行くに従って、資金が細分化され、ありとあらゆる業界や社会各層に多かれ少なかれ影響を与えてきた。

この下流に行くに従って網の目のように張り巡らされたお金の流れの一部を、子ども手当はダイレクトに家計に流そうというのが今行われていることである。支給対象家計に渡ったお金が支出されれば、言わば「リゾーム」***のような状態になる。これはツリー構造の下流で形成される支流の束よりも強固で無駄のない構造だと言えるだろう。反対に家計が十分な支出を行わなければ、散在しつながりのない無数の点となってしまう。どちらになるのか、そこに子ども手当の成否がかかっている。

***「地下茎」と訳される。こちらのブログに写真と解説が載っています。
スポンサーサイト

公益法人の事業仕分け

  • Day:2010.05.23 20:39
  • Cat:時事
この金曜日から始まった公益法人(一部特別民間法人)を対象にした仕分けには考えさせられる。公益法人制度改革と絡んでいるため、少々勉強してみた。

疑問点は次の二つ。
1.役員の高額報酬は是正されるのか?
2.財産の過大分を国庫返納させることができるのか?

まずざっくりと公益法人制度のおさらいをする。

2008年11月末までに設立された公益法人は、改正前の民法34条に基づいて設置された、社団法人と財団法人であるが、国または都道府県の許可が必要だった。この仕組みは、役所と公益法人の癒着を生み、天下りと引き換えに随意契約でぼろい仕事を貰うという弊害を生んだ。

現在では営利を目的としない(構成員が給与を貰ってもかまわないが利益を分配をしてはいけない、つまり民間企業の株式配当や特別賞与のようなものはだめ)法人を、登記だけで設立できることになった。これが一般社団法人と一般財団法人。このうちさらに、公益を目的としていると認められると公益法人として税制上の優遇がなされる。認定するのは公益認定等委員会(国)か合議制の機関(都道府県)。

以前の公益法人は平成25年11月までに一般か公益かどちらかに申請しなければならない。それまでに認定されない、申請がないときは解散したものとみなされる。

※ ※ ※

面白いのは一般法人に申請した場合には、公益目的支出計画なるものを提出しなければならないこと。公益目的支出計画とは、移行時点の財産を基礎として算定したもの(公益目的財産額)を、ゼロにするまで公益事業に使う計画である。移行まで公益法人として税制上の優遇を受け蓄積してきた財産は、きちんと公益に使うようにということであろう。

公益法人に申請する場合にはもちろん、このような支出計画はない。しかし認定のハードルは高い。事業仕分けでは高額な役員報酬がさんざん取り上げられているが、公益法人認定法第5条には次のような規定がある。


十三  その理事、監事及び評議員に対する報酬等(報酬、賞与その他の職務遂行の対価として受ける財産上の利益及び退職手当をいう。以下同じ。)について、内閣府令で定めるところにより、民間事業者の役員の報酬等及び従業員の給与、当該法人の経理の状況その他の事情を考慮して、不当に高額なものとならないような支給の基準を定めているものであること。


つまり、例えば財団法人日本宝くじ協会の平均役員報酬が2000万円を超えていることが明らかになってみんなびっくりしているわけだが、この協会が公益財団法人に申請した場合、この条項がひっかかってくるだろうということが予想される(内閣府令がどんな額になるかわからないが)。

では、報酬に制限のない一般財団法人に申請すればいいのかというとそうでもない。宝くじの販売は本来犯罪である(刑法第187条「1富くじを発売したものは、二年以下の懲役又は百五十万円以下の罰金に処する。2富くじ発売の取次ぎをした者は、一年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。3前二項に規定するもののほか、富くじを授受した者は、二十万円以下の罰金又は科料に処する。」)。

それが、当せん金付証票法という法律によって認められている。発行主体は都道府県と特定市。協会はこの都道府県と特定市が作った公益法人である。単なる一般財団法人となった場合、都道府県・特定市が引き続き協会に業務を委託するとは思えない。また、そもそも一般財団法人への申請を認めないのではないだろうか。

つまり1.の問題については、内閣府令次第ということになろう。


もうひとつの財産の過大分の国庫返納である。例えば塩事業センターの評価結果には、「現在、積み立て
ている分の正味財産のうち、過大分を国庫返納していただきたい。」とある。これは可能なのか?

一般法人に移行したときには公益目的支出計画が作られることは上述の通り。もしもこれがゼロになる前に、この法人が解散する場合は、類似の目的を持つ公益法人等に譲渡することとなる。

公益法人に移行したときには、公益法人法第16条辺りが問題になってくる。

(遊休財産額の保有の制限)
第十六条  公益法人の毎事業年度の末日における遊休財産額は、公益法人が当該事業年度に行った公益目的事業と同一の内容及び規模の公益目的事業を翌事業年度においても引き続き行うために必要な額として、当該事業年度における公益目的事業の実施に要した費用の額(その保有する資産の状況及び事業活動の態様に応じ当該費用の額に準ずるものとして内閣府令で定めるものの額を含む。)を基礎として内閣府令で定めるところにより算定した額を超えてはならない。
2  前項に規定する「遊休財産額」とは、公益法人による財産の使用若しくは管理の状況又は当該財産の性質にかんがみ、公益目的事業又は公益目的事業を行うために必要な収益事業等その他の業務若しくは活動のために現に使用されておらず、かつ、引き続きこれらのために使用されることが見込まれない財産として内閣府令で定めるものの価額の合計額をいう。

あるいは、認定が取り消された時の第5条の規定。

十七  第二十九条第一項若しくは第二項の規定による公益認定の取消しの処分を受けた場合又は合併により法人が消滅する場合(その権利義務を承継する法人が公益法人であるときを除く。)において、公益目的取得財産残額(第三十条第二項に規定する公益目的取得財産残額をいう。)があるときは、これに相当する額の財産を当該公益認定の取消しの日又は当該合併の日から一箇月以内に類似の事業を目的とする他の公益法人若しくは次に掲げる法人又は国若しくは地方公共団体に贈与する旨を定款で定めているものであること。
(略)

ここで初めて国という言葉が出てくる。だが、どこに贈与するかを定款で決めるのは、当の法人であって、国が国庫返納を命じるというわけではない。

残るは行政指導である。しかし、行政指導は責任の所在をあいまいにしてしまうのでなるべく避けたいところだ。

2.の疑問についてはちょっとわからないというのが今日の結論。

※ ※ ※

公益目的支出額の算定は、正味財産を基礎とするとされている。ちなみに2日間の仕分け対象33公益法人の正味財産合計額は4718億円である。

※ ※ ※

一つだけ指摘したい。財団法人民間放送教育協会の仕分けで某仕分け人が、「生涯学習の番組を作るならNHK教育か放送大学に委託したほうがよいものができる」という趣旨のことをおっしゃった。つまり民間のプロダクションにはよいものはできないと受け止めたが、もしもそうであるならば、官尊民卑発言も甚だしい。

また、この回は仕分け人の勉強不足が目立った。民放で番組を放送するには番組制作費に加えて電波料が必要だということを知らなかったり、総務省と連携すればNHKで制作し流せるのではないかなどという的外れな指摘があった。後者は放送局の編集権に干渉するというものであろう。

ただ、「民放で同趣旨の番組が国費
なしで成り立っていること等を考慮すると、国費による番組制作を止め、民間に実施していただくこととする。」という評価結果は妥当だ。現在のテレビ放送が生涯学習に資する番組を十分流しているか否かは分からないが、国が番組を作る必要はないだろう。

鯵と鰯

さて何匹?

aji


ヒント:左上の鰯は9匹。

国民に銃を向ける軍隊

  • Day:2010.05.16 06:40
  • Cat:時事
その国の軍隊の性格を判断する際、「軍が一般国民に銃を向けたことがあるか否か」は、重要な指標となりうるだろう。バンコクでは今、中心市街地を占拠している反独裁民主同盟(UDD)に対して、タイ国軍による実弾攻撃が行われている。

UDDの行動が正当か否かはここでは判断しない。ただ、中心街を占拠して交通や商業活動をマヒさせているのは言うまでもなく違法なことである。日本でならば道路交通法違反や不退去罪の適用がなされ、やはり強制的に排除されることになろう。

問題は軍が関与するかどうかということである。

想起されるのは1992年の5月流血事件である。

「1991年12月9日、新たな憲法(「1991年憲法」)が公布され、それに基づく総選挙(第16回)が1992年3月22日に行われた。総選挙第1党の新党サマキータム(正義団結)党・ナロン党首が、一旦、与党4党の推薦で首相指名されるが、ナロン党首の麻薬密売容疑で米国が援助打ち切りを示唆して強く抗議。4月7日スチンダー陸軍司令官が新たに首相に任命される。ここから国民が強い反発し、1992年4月下旬から大規模な反スチンダー運動に発展。ついには軍・警察が集会参加者に対し一斉に発砲、1992年5月流血事件を引き起こしてしまう。」(現代史 - タイ 1991年2月 タイの軍事クーデター

タイでは軍部が政治に関与することが極めて頻繁である。クーデターの垣根が低い。1932年に立憲君主制に移行してから、クーデターと名がつくものは、未遂も含めて12回もある。


さて、日本ではどうか?
戊辰戦争は内戦だから一般国民に銃を向けたことにはならない。甘粕事件は一応個人犯罪とされている。第二次大戦沖縄戦での日本軍による住民殺害は、「一般国民に銃を向けた」ことになるだろう。

戦後、60年安保で国会を取り巻いた数万人のデモ隊に対して、岸首相は自衛隊の出動を要請した。この時、強硬に反対したのが、赤城宗徳防衛庁長官である。曰く「自衛隊は外敵を相手にするもので、国民を相手にするものではないので、私はそれはできない。万が一のときに、国民に銃を向ける自衛隊を私は作っていない。」

骨のある政治家がいたものである。


以下はアピシット首相が11月議会解散をUDDに提案し、事態が鎮静化するかと思われていた5月8日、バンコクのUDD選挙地区の模様。赤シャツが売られていた。

銚子商業vs習志野

子どもの頃、スポーツと言えば野球だった。三角ベースやソフトボールを含めて、野球だった。6年生の時にミュンヘンオリンピックの男子バレーボールに感化されなければ、中学で野球部に入っていただろう。

中学2年生の夏、銚子商業高校が夏の甲子園で全国優勝を果たした。凱旋パレードを網戸(あじど)の交差点で見たことを思い出す。土屋投手は神様だった。

昨日の朝、新聞で春季高校野球千葉県大会決勝が行われるのを見た。銚子商業vs習志野である。30数年前にタイムスリップしたかのようなカードではないか。これは行かねばならん、と銚子市野球場に足を運ぶ。

作新学院が練習試合に来たことがあった。あれはこの球場だったか、それとも商業のグラウンドだったのだろうか。友達が江川のデカイケツをに触ったと自慢していた。あまり羨ましくはなかった。



点差は開いてしまったが、キラリと光るプレーがあった。ビデオの魅力は繰り返し見ることが、しかもスローにしたりできることだろう。

上述の1974年の夏の甲子園、銚子商業の優勝はただの優勝ではなかった。この優勝は3年間にわたる大河ドラマのクライマックスだったのだ。だから住民は奇跡を見るかのように欣喜雀躍した。あのときほどこの地域の人たちの気持ちが一つになったことはないだろう。

1972年の春、銚子商業は甲子園に出場した。ピッチャーは根本隆。前年の夏の甲子園ではベスト8に進んでいた。
そして大鉄(大阪)を2-1、鹿児島実(鹿児島)を3-2、市神港(兵庫)を13-3で下した。準決勝で日大三(東京)に敗れたものの、堂々のベスト4であった。これは、1965年の夏に準優勝して以来の快挙と呼ばれた。誰もが根本は木樽の再来と思い、夏の出場を確実視した。しかし、夏の予選ではまさかの敗退。相手は掛布がいる習志野だった。

翌春、銚子商業は春の甲子園に出場。根本は卒業していたが、応援する側は前年のベスト4を上回る成績を期待した。準優勝か優勝を、である。そして一回線、相手は兵庫県の報徳学園である。商業のピッチャーは飯田-土屋。結果は目を覆うほどみじめなものだった。16対0。帰郷した選手たちを待ち構えていたのは罵詈雑言だった。

それでも選手たちは挫けなかった。誰もがリベンジを心に誓った。

夏、一回戦で岡山東商(岡山)を1-0で下したとき、彼らは報徳学園の悪夢を追い払うことができただろう。二回戦は江川の作新学院(栃木)を1-0で下し、3回戦では高松商(香川)を4-3で下した。ベスト8であった。

1974年春。1回戦はまたも岡山東商(1-0で勝利)、2回戦は日大三、根本の雪辱を晴らすかのように、7-2で大勝した。準々決勝は因縁の報徳学園、そして2-1で惜しくもベスト4進出を阻まれる。報徳学園はこの春優勝する。

ベスト8、ベスト4、予選落ち、一回戦負け、ベスト8、ベスト8と続いた後に来たのが、1974年夏の優勝である。しかもそのパワーは圧倒的だった。

二回戦   PL学園(大阪) 5-1
三回戦   中京商(岐阜) 5-0
準々決勝 平安(京都)   7-0
準決勝   前橋工(群馬) 6-0
決勝    防府商(山口) 7-0

土屋正勝投手の剛腕と、篠塚利夫選手のしなやかなバッティングが今でも目に浮かぶ。

小学校から中学にかけて、壮大な物語を、どん底からでも這いあがれるんだということを、身近なところで見せてくれた当時の人たちに、心から感謝する。あの感動は宝物だ。

昨日負けてしまった銚子商業は、習志野とともに15日からの関東大会に出場する。ベストを尽くされんことを望む。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。