オシロイバナ

  • Day:2009.07.28 20:35
  • Cat:
oshiroibana

アンドロギュノスが半身を失う前にはかくあらん

あるいは

アンドロギュノスが半身と再会したらこうなるのかも

何かの間違いではないかと観察することしきり。
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二つの初体験

globefish_crab

このところ、釣行のたびに初物が釣れる。
本日は丸ガニとフグ。どちらも小さい。

味噌汁にした。

miso_soup

あるもの探し-あさひ版

素足では歩けない灼けた砂浜と、見渡す限り視線をさえぎる物のない水平線のどちらをとるか?

あさひの場合、砂浜をとり水平線を犠牲にした。海面から顔を覗かせる消波ブロックは無骨だが、甲羅干しのスペースには代えられなかった。

sunazoulong

だから九十九里浜の砂は「端から」あるものではない。景観と引き換えに得た貴重なものだ。その砂を活かした「彫刻美術展」が矢指ヶ浦(やさしがうら)で開かれているというので見に行った。雪と違って、掴めば指の隙間からこぼれ落ちてしまう砂を、どうやって像にするのだろうと思ったのだ。

sunazou

噴霧機で水を噴射しながら、砂を固めていくのだ。できた砂の塊にヘラやコテのようなものを使って形を整えていく。炎天下、根気のいる作業だ。

夜には砂像はライトアップされ、花火も打ち上げられる。

跡形もなく消えていく砂像に儚さを思ってしまうのは私だけだろうか。消えることを潔いと思うのは。

カレイ2

kareitate

今年2枚め。
他にイシモチ1、サメ2(リリース)。

存在の耐えられない軽さ

  • Day:2009.07.14 11:59
  • Cat:
「予告された殺人の記録」もそうだが、タイトルそのものが傑作と思わせる。
傑作を予感させるものの、取っつき難いのも事実。その存在を知ってから20年は経つだろうか、ようやく読んだ。

ところでこのタイトルの意味が分かるようでわからない。
三つの解釈ができる。

1.存在そのものが軽すぎて(何か・誰かが)耐えられない。
2.存在そのものが軽すぎて存在が耐えられない(耐えられないとどうなるのかはわからない)。
3.何かが軽すぎて存在できない

分かりやすくするために、「存在」を「亀」、「軽さ」を「重さ」と言い換えてみよう。

「亀の耐えられない重さ」 となる。

この意味は次の三通り。

a.亀が重すぎて、(たとえば亀が象の上に乗っていたら、その象が)耐えられない。
b.亀が重すぎて、自分自身で耐えることが(たとえば立っていることが)できない。
c.(たとえば亀の上に象が4頭乗っていて、その象が)重くて、亀は耐えられない。

果たしてどれか?

原著はフランス語だがわからないので、英語のタイトルにヒントを求める。「The Unbearable Lightness of Being」だそうだ。

つまり、重いのは「being=存在」ということであることがわかる。
よって、上記3とCは該当しないということになる。


しかし依然として、1・aなのか2・bなのか判断がつかない。

この違いは何にとって耐えられないのか、ということである。亀本人なのか象なのか。これらすべてをひっくるめて、「全てのもの」にとって耐えられないのだということにここではしておこう。


チェコスロバキア(本書ではボヘミアと呼ばれる)からフランスに亡命したミラン・クンデラのこの小説は、プラハの春の弾圧(1968年)後のチェコスロバキアを舞台に、トマーシュ、テレザ、サビナ、フランツという4人の性愛と思想が語られる小説である。

トマーシュはテレザを愛しながらも多くの女性を知ることで世界を捉えたいと思う医師。テレザはトマーシュだけを愛し、結果的に彼を医師の座から没落させる。サビナはトマーシュの愛人の一人で「キッチュ」を嫌う画家だ。フランツはスイスの大学教授で妻子がありながらサヴィナと逢瀬を重ねる。

印象的な場面を抜き出そう。

※  ※  ※

作者はときどき語り手として登場する。

たとえば冒頭に、ニーチェの「永遠の回帰」という思想を持ち出す。その世界では、「いつかすべてが、、かつてひとが生きたのと同じように繰りかえされ、その繰りかえし自体もさらにかぎりなく繰りかえされる」。そして「永遠の回帰の世界では、どんな身振りもそれぞれ、とても耐えられない責任の重みを担うこととなる」

しかし実際には出来事は繰り返されることはないのだから、例えばフランス革命の「血腥い年月もただの言葉、理論、議論でしかなく、綿毛よりも軽くなって、恐怖をもたらすことはない。たった一度しか歴史に登場しなかったロベスピエールと、永遠に立ち戻ってきてフランス人たちの首をちょん切ってしまうロベスピエールとのあいだには、途方もない違いがあるのだ」という。

パルメニデスは、宇宙を光と闇、淡と濃、暖と冷、存在と非在、軽さと重さといった対立物の組み合わせに分割した。そして前者を積極的なものとし、後者を消極的なものとした。ニーチェは積極的なのは重さなのか軽さなのかということを問題にした。

作者は「重-軽の対立が、あらゆる対立のなかでもっとも不思議で、曖昧な対立だ」という。

※  ※  ※

ソ連軍がプラハに侵攻し、チェコスロバキアのドゥプチェク大統領がモスクワで妥協書に署名させられ、帰国後「口ごもり、肩で息をしながら、文言のあいだに果てしなく、ほぼ三十秒もつづくような間をおいて」ラジオ演説を読みあげた。

テレザは感じた。「この国がこれから永久に、ドゥプチェクのように口ごもり、しどろもどろになり、肩で息をする」と。

※  ※  ※

スイスに亡命したサビナの絵の展覧会がドイツで開かれたとき、「彼女は自由のために、その絵画によって戦っている」と評された。

彼女は抗議し、「わたしの敵は共産主義じゃないの、敵はキッチュなのよ!」と言った。

「キッチュの源泉、それは存在との無条件の一致である。」「カトリック的、プロテスタント的、ユダヤ的、共産主義的、ファシスト的、民主的、フェミニスト的、ヨーロッパ的、アメリカ的、国民的、国際的キッチュなどと、ありとあらゆるキッチュがある。」

「ボヘミアを離れて一、二年したロシア侵攻の周年日に、彼女はたまたまパリにいた。その日、抗議デモがあったので、彼女も参加せざるを得なかった。若いフランス人たちが拳を振りあげ、ソビエト帝国に反対する合言葉をわめいていた。その合言葉は気に入ったが、しかし彼女は自分が他人たちと一緒になって叫ぶことができないのを知って驚いた。彼女はほんの数分しか行列にとどまることができなかった。
 彼女はその経験をフランスの友人たちに話した。彼らはびっくりして、「じゃあ、きみは自分の国の占領に反対して闘いたくはないのかい?」彼女は友人たちに言いたかった、共産主義、ファシズム、あらゆる占領や侵攻にはもっと根本的で普遍的な悪が隠されている。その悪のイメージ、それこそまさしく腕を振りあげ、声をそろえて同じ音節を叫びながら行進する行列のイメージなのだと。」

※  ※  ※

「人生のドラマはつねに重さのメタファーで言い表される。ひとは、私たちの肩に重荷がのしかかってきたなどと言い、その重荷を運び、それに耐えたり耐えられなかったりする。それと闘い、勝ったり負けたりする。しかし、いったいサビナにはなにが起こったというのだろうか?なにも起こってはいない。彼女が別れたかったからひとりの男と別れた。そのあと、男は追ってきたのか?復讐しようとしたのか?そうではない。彼女のドラマは重さではなく、軽さのドラマだった。彼女に襲いかかったのは重荷ではなく、存在の耐えられない軽さだったのだ。」

存在の耐えられない軽さ (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-3)存在の耐えられない軽さ (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-3)
(2008/02/09)
ミラン・クンデラ

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潮目

バリのヌサペニダでダイビングをしたとき、息を呑むような不思議な光景に出会った。

海底側の水が無数の小さな多角形のガラスの破片のように見えた。その多角形はあくまで透明で色とりどりの珊瑚がそこから見えるのだが、多角形の輪郭にあたる部分では珊瑚がゆがんで見える。車のフロントガラスに縦横のひびが入った状態で、その断片の一つ一つがあくまでも透明な状態とでも言ったらよいだろうか。

ガラスの断片の連なりは膜のように広がっている。その向こう側に進んでいくと体がひんやりとした。温度の違う水塊が出逢い、混じり合おうか合うまいか逡巡した結果がこの光景なのだ。小さな「潮目」だ。

潮目には回遊魚が集まるという。
なぜか。

プランクトンが多いからだそうだ。そこまでは聞いたことがある。ではなぜプランクトンが多いのか。

異なる水塊それぞれに固有のプランクトンがいて、その両方を食べられるから魚が集まるのではないかと思ってきたが、これは間違いだった。

正しくは、潮目では「収束型の渦と拡散型の渦が並んで発生し、収束型の渦が強いうちは、周囲から植物プランクトンや動物プランクトンが集ま」るからだそうだ。

そして海面では必ず海面収束が生じ、浮遊物や泡立ちが見られるという。

潮目のことを漁師は「ソバ」という。由来が「蕎麦」から来ているのかは不明だが、なるほどプランクトンの死骸が一本の蕎麦のように海面上にぐねぐねと伸びている。

日本近海で最大の潮目は、黒潮と親潮の出会うところ。北海道の南から銚子沖までを移動している。

その潮目が、銚子をして「江戸の台所」と言わしめるほど「食」の豊かな土地にした。

8月29日に銚子で行われるイベントは、そんな豊かな食を満喫しようというものである。




参考ホームページ:マリンサービス
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