矛盾する命題

ここ数カ月の新聞を読んでいると一見矛盾する大きな二つの命題があることが嫌でも目につく。

一つは、地球温暖化防止のための二酸化炭素排出量の削減であり、もう一つは、未曾有の経済危機からの脱却である。

一人当たりで考えた場合、GDPと二酸化炭素排出量には正の相関関係がある。物質的に豊かな暮らしをしていれば、それだけ二酸化炭素排出量が多いということは直観にもかなっている。国単位で統計がとられていることもあり、もちろん相関の度合いは国によって異なる。省エネルギーの進んだ国であれば省エネルギーの進んでいない国に比べて、同じ一人当たりGDPでもCO2排出量は少なくなる。

戻って、
前者の命題を追求すれば、今の経済危機は排出量を減らす好機であるのだが、誰もそうは言わない。自然保護論者の口からさえ、「経済危機をきっかけに、質素でCO2の少ないライフスタイルを送ろう!」という声は聞こえて来ない。景気のいいときにはLOHASなどと、環境にやさしいライフスタイルを提言していたのに、なぜか景気が悪いときに一層の節約を呼び掛けることはしない。ことほど左様に、「景気」というのは人々の一大事である。誰も貧しさに耐えてまで海面上昇を抑えようとは思っていないのだ。だから高速道路1000円などという、CO2出し放題のアイデアが生まれる。

心の師、北畠佳房先生は環境科学概論の講義で、「環境問題への対策は好景気の時に進めるしかない」とおっしゃっていた。慧眼である。環境のためにという理由で、1000円儲かっているときに900円でやめときましょうということはできるが、500円損しているときにさらに100円利益を減らしませんかとは言えない。

経済成長とCO2削減を同時に実現できるかもしれないのが、省エネと自然エネルギーである(原子力発電は手っ取り早くCO2削減に結びつくかもしれないが、他の問題点が多すぎてここでは除く)。そこでこのような記事が読売に載る。

「…10年以上前のエアコンを新しい機種に買い替えると、この10年で省エネ技術が進んで電力消費が半減しているため、買い替え費用20万円に対して年間10万円の電気代は5万円まで減り、4年間の省エネによる省コストで購入費用は回収される。」(「論点」3月25日朝刊、小杉昌幸産業技術研究所グループリーダー)

需要を喚起したい、しかも環境負荷を低減する方向で、という気持ちはわかる。しかしここには一点の「言わない嘘」がある。
経済的には間違いないだろう。古いエアコンを捨てて、新しい省エネエアコンを20万円で購入すると、4年で元が取れる。だから買い替えないと損ですよということだ。

環境的にはどうだろうか。
電力消費が減ればCO2排出量は少なくて済む。でも買い替えによって発生するCO2は他にはないか?

新しいエアコンを製造するために使われた電力が計算に入っていない。古いエアコンを廃棄するためにかかる分も考慮されていない。この辺は昔から槌田敦氏が指摘しているのに、あえて無視されているとしか思えない。

エアコン1台分の生産・廃棄に必要なCO2発生量がどのくらいなのか私は知らない。ひょっとしたら無視できる程度のものなのかもしれない。あるいは海外で作るから関係ないということなのか。4年で回収できるところが5年になる程度のことなのかもしれない。しかしそれをあえて言わないところが、この論文の説得力を著しく減殺している。

私は、CO2が増えてもいいとは思っていないが、一つのものを長く大事に使うという気持ちのほうが尊いと思っている。
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判決-遺棄化学兵器処理事業詐欺事件

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卵と壁

もしここに硬い大きな壁があり、そこにぶつかって割れる卵があったとしたら、私は常に卵の側に立ちます。

村上春樹氏のエルサレム文学賞受賞スピーチの一節。卵は人、壁はシステムのメタファーである。システムは人によって作られるが、時に人を壊す存在となる。そのとき彼は必ず人の側に立つというメッセージである。実に明快。村上作品には曖昧なるが故の心地よさを感じていたが、私の読み方は間違っていたのかもしれない。

エルサレム文学賞とは「社会における個人の自由」のために貢献した外国人作家に贈られる賞のようである。文学賞にこのようなバイアスがかかっているのは珍しい。文学はあくまでも「文」の「学」であり、言葉や形の新鮮さと内容の正鵠さに価値があるものと思っていた(今も思っている)。

それは置いておくとして、
例えば『海辺のカフカ』の少年カフカが、大島さんに匿われた隠れ家「キャビン」でアイヒマンについての本を読む件(くだり)がある。カール・アドルフ・アイヒマンはナチ政権の中佐で、官僚的有能さでユダヤ人を「効率的に」収容所へ輸送した。言わばシステマティックに優秀な人間だったわけである。ここにおいて卵はユダヤ人、壁はアイヒマンに象徴されるナチスのエスニッククレンジングシステムであることは間違いない。もちろんカフカ少年はアイヒマンのしたことに否定的だ。

多くのイスラエル人が『海辺のカフカ』のこの件を読むとき、村上春樹を我が同胞と思い、シンパシーを感じるのではないだろうか。ホロコーストの立役者がアイヒマンなのだから。

しかし授賞式では、村上の舌鋒はすべてのシステムに向かって発せられた。壊れやすきものをことさらに壊そうとするシステムの側に立つ者を糾弾する。壁は言うまでもなく、イスラエルがパレスチナ人を封じ込めるために建設している壁であり、彼らのもつ堅固な軍事力でもある。もはやイスラエル人はアイヒマンの側なのだ。

そのイスラエル人の中で、村上はこのスピーチを行い、かつ喝采を浴びた。イスラエル人の中にも「壁」ではなく「卵」の側に立とうする者がいる証である。システムの恐ろしさを知る者が中東にも数多く存在することを村上春樹のスピーチは明らかにしてくれた。

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ライブ on 銀座通り

大八木呉服店のレトロの間で。
FISH&DOGS
SLOW HAND

vocal
guts
1s
audience
back
vertical

知事選の争点の一つに

29日の知事選候補者5氏に対して、読売新聞がアンケート調査を行った。

医療・福祉・子育てといった設問と並んで、鬼泪山からの土砂採取の是非を問うているので引用する。

*   *   *

(届け出順、敬称略)
○森田健作
国有林破壊、水源汚染、海洋汚染、景観破壊、産業廃棄物不法投棄など、多くの無視できない問題を含んでいるため反対である。

○八田英之
さんざん破壊されてきた房総の山と自然を、これ以上痛めつける採取には反対。富津市の貴重な水源地域も保全できなくなる。

○西尾憲一
鬼泪山民有地では土砂採取を認める。官有地については採取は認めず、反対。自然破壊に対する防波堤としたい。

○白石真澄
審議会での議論を見守っていきたい。地域経済の発展、自然環境との調和等の視点から、総合的な産業としての振興計画が必要だ。

○吉田平
禁止する。もともとアクアラインなどの県内大規模工事に限定されてきたものだ。地域住民の生活と豊かな里山を守る。

*   *   *

一番意外だったのは森田候補の回答だ。自民党の一部から支援を受けている氏のことであるからこの問題については採取に賛成だろうという先入観があった。併せて訊かれている八ツ場ダムと三番瀬(第2湾岸道路)の件ではいずれも慎重な回答をしているのに、鬼泪山については歯切れがいい。自民党県議のなかにも採取反対の人がいるということなのだろうか?それとも大した問題ではなくどっちでもいいということか。だとするとどうして土石審メンバーの自民党県議4人全員が採取賛成派なのか不思議だ。

県議を辞めて立候補した西尾候補は、官有地については認めないという立場。土石審で議論されているのは国有林であるから、つまり認めないということ。この人が土石審メンバーだったら面白かっただろうと思う。それとも自民党を離れてから発言し始めたのだろうか。話はずれるが民有地から土砂・土石を採取する場合に何らかの許可が必要なのかどうか調べてみたところ、河川からの土石採取(河川法で規定)や、海岸での土砂採取についての制限しか見当たらなかった。

白石候補の回答は「総合的な産業としての振興計画が必要」だというもの。マクロの視点から見て計画を作るというのは行政の役割であるからこの回答は非常に優等生的である。しかし現実にはマクロ経済での「正解」だけでは、特定の現場で生じている軋轢を解決できないことをみんなが知っている。むしろ現場で起こっていることについての判断を下したうえでどう枠組みを組み替えていくのかが問われているのだから、鬼泪山についての態度を決めてから全体の計画を考えていくべきなのではないか。こういうことを書くと「合成の誤謬」と思う方もいるかもしれないが、すでに合成はなされているのであって、これをアップデートするのにミクロケースを検討するという段階にあると付け加えておく。

八田候補、吉田候補ともに土砂採取には反対。5人のうち4人までが反対で、白石候補だけが慎重な回答という意外なアンケート結果であった。

政治資金規正法のザルさ加減

  • Day:2009.03.05 23:14
  • Cat:時事
「国策」かどうかわからないが、大方の人が西松建設から小沢代表へのダミー政治団体を通じた献金額の多さに?と思っていたから今回の動きは予想していたと思う。

それはともかく、昨日の小沢代表の記者会見でとても興味深い発言があったので読売新聞から引用する。

Q 資金管理団体「陸山会」が受けた献金は、資金管理団体では受けることが出来ない企業献金と認識していたか?

A 政治団体が寄付してくれるということで資金管理団体で受領した。西松建設の献金と認識していたら、政党支部で受領すれば、何の問題もなかった。

ZZZZZZ

それを言っちゃあお終えだってぐらい、政治資金規正法の欠陥を盾にとった反論である。企業から政治家個人(資金管理団体)への献金が禁止されたのは1999年。ただ、企業から政党本部・支部への献金は認められている。そして政党支部はいくつでも作ることができて、国会議員はもとより地方議会議員一人に一つずつ作るのも可能だから、政治家個人の資金管理団体とどこが違うのかよくわからない。

小沢代表が言うように、政治団体からの献金は資金管理団体で受けて、企業からの献金は政党支部で受けるということを、日常的に各議員さんたちはなさっているのだろうと思う。だから今回のことは額面通り政治団体だと思っていたら実は企業のダミー団体だったのかあ、なんとなくそうかもしれないと思っていたけどそもそもどうってことない規定だから問題なかろうということだ。

もともとザル法なのだから、その形式上のミスをあげつらってもなんだかなあという感じである。(と言って別に小沢代表やその他実際には西松建設から献金を受けていた他の議員を擁護するつもりは毛頭ないので、念のため)

問題なのは、ザル法そのものなのだ。資金管理団体と政党支部を使い分けることで犯罪の成否が左右されるというのはなんだか納得できないのではないだろうか?

そもそも刑事犯を処罰するのは、保護法益が侵害されるからである。ひらたくいうと「守る価値のあるものがダメージを受ける」ということか。例えば殺人行為は「人の命」という法益が侵されるので処罰されるのだという理屈である。政治家個人への企業献金が禁止されたのは、政治家と企業の癒着により、本来果たされるべき政治家の役割(国会議員の場合は国民全体の代表である)が損なわれかねないからである。しかし、政党支部へ受入可能なのだから、「損なわれかねない」という状況はこれまでも今も存在したままだ。

そう考えると、もともと守るべき法益がすでに侵害されてしまっていて、これによって新たに侵害される法益はほとんどないとも言えるのであるから、処罰しようがないのではないだろうか。

ザル法作られて、それに従って捜査しなければならない検察も気の毒だと思う。
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