これはうまい その2

うまいものには余計なものはいらない。
卵と小麦粉、砂糖だけでこれほど絶妙な味と食感が生まれるとは。
木の葉型だから、「木の葉パン」 。
袋には由来や蘊蓄、セールスコピーも一切なし。とりつく島のないすっぴんの女のよう。でも、芯はやはらか。
浪川製菓

konohabread
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匝瑳高校夢授業

30年前に悶々と青春を過ごした丘の上で、30年前の自分のように純真さと批判精神を兼ね備えた39人の高校生に対してもの言ふことは、恥ずかしくもうれしくもある体験である。

総合学習の時間、母校匝瑳(そうさ)高校の1年A組にお邪魔した。
自分には語るべき何かがあるのかどうかという逡巡は今更、お声をかけていただけたことを素直に喜んだ。
話の内容は、またぞろスマトラ沖地震・津波である。
39人は4つのチーム(パンダ、にわとり、ステゴザウルス、ダックスフント)に分かれた。3分間で被災状況の写真を見てもらい、その後アチェの人たちが直j面している問題点を挙げ、解決策を模索する。
60分間では到底おさまりきらない内容だと懸念したが、そこはミドルティーンの凄さ、のれば柔らかな脳からアイデアは溢れ出る。

4チームそれぞれが考えた問題点は、大人の想像力にひけをとらない。BHN、社会インフラはもちろん、産業振興や精神的なケア、あまつさえ政府の対応がなっとらんという指摘まで、彼ら彼女らの想像力は豊かである。
そして解決策。ここにもまたディテールにわたるプロジェクトデザインがなされていた。「精神的なケア」にはカウンセラーの派遣をはじめ、「みんなで宴を楽しむ」「将来のことを話し合う」。「政府の対応が悪い」には、「大統領の現地視察」「国際NGOへの支援要請」と同時に「自分たちで努力する」というとても基本的なことが押えられていた。「大統領の罷免も視野に入れて・・・」ときつい一言もあった。

おそるべき匝瑳高校1年A組である。再見!
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賄賂の総額

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ブロマガって何?

暴走する資本主義(ロバート・B・ライシュ)

  • Day:2008.11.14 08:45
  • Cat:
9月1日に書いた「企業法人格の廃止」で紹介した本です。やっと読みました。

概要を紹介します。
1970年頃までのアメリカは、「民主的」資本主義だった。多くの産業は大量生産システムに支えられ、少数の大企業による寡占協調状態であり、労働者に十分な給与を支払える程度に価格が設定されていた。経営者は時に企業ステーツマンとして振る舞い、国家の改良に取り組んでいると自負していた。消費者にとっては選択の余地は少なく、投資家にとっても配当は大したものではなかった。

ところが現代では、消費者と投資家の権限が増し、企業は絶えざる価格競争の只中にある。それはコンテナ、貨物船と貨物輸送機、光ファイバーケーブル、人工衛星通信システムからはじまった。これらにより世界的なサプライチェーンが構築され、コンピュータとインターネットにより少量低コスト生産が可能となった。一方消費者はより安価で質の高いものを簡単に購入することができるようになり、投資家は投資先を変更することが容易になった。経営者は消費者により「お買い得」な商品を提供することと株価を上げることを最大の目標とするようになる。しわ寄せは労働者の賃金や下請けへの値引き要求という形になって表れた。著者はこれを「超資本主義」と呼ぶ。

その結果、品質の良いものが安く流通するようになったが、賃金は切り下げられ、雇用は不安定になった。ウォルマートは繁盛し、小さな商店は閉じシャッター通りとなった。

※  ※  ※

著者はこの一連の流れを、具体的な事実を豊富に挙げて説明しています。(一部には明らかな誤りがあるようですが非常に説得力があります。)実体験と多くの点で重なっていますし、100円ショップやオークション、中国産コンピュータを利用していることが、秋葉原事件と(直線的にではないけれど)つながっているのだなと思います。
ただ、注意してほしいのはだから大企業が悪いということを著者は言っているわけではないことです。企業は法律の範囲内で利潤を追求するという当然のことをしているだけです。また、「お買い得」な商品を要求する消費者も、ハイリターンを求めて渉猟する投資家も、当然のことをしているだけであることです。
「私たちが企業に今とは異なる行動をするよう望むのであれば、ルールを変えなければならないのだ。」と著者は言います。「超資本主義への処方箋」から最も興味深い部分を紹介します。

※  ※  ※

企業は法的擬制であり生身の人間ではないのだから、契約書の束以上の発言の自由や、法の適正手続き、民主主義における政治的な権利をもつべきではない。企業献金が持つ影響力を弱め、民意を活性化させる必要がある。法人税を撤廃し、すべての法人所得を株主の個人所得と同じように扱うべきである。これにより、企業は利益を留保する動機を持たなくなるし、低所得層の株主には低い税額、高所得層の株主には高い税額を課すことができる。さらに、企業は税金を支払っているのだから政治プロセスに参加する資格があるのだという間違った概念に風穴をあけることができる。

※  ※  ※


なんとも大胆な提案です。法人税を払うことや企業献金を当たり前のことだと思っていましたが、そう言われれば「タックスヘイブン(heavenではなくhavenなんですね)」なんてのもあれば、企業の政治献金も昭和45年の「八幡製鉄政治献金事件」最高裁判決が出るまでは違法か否か侃々諤々やっていたんです。最高裁が政治献金をする権利=一つの参政権を企業に認めた理由の一つとして、「会社は自然人同様、納税者たる立場において政治的意見を表明することを禁止する理由はない。」というのがありますが、法人税をなくしてしまえばこれも崩壊します。

ロバート・ライシュさんはクリントン政権時代の労働長官で、オバマ次期大統領の経済顧問。閣僚への起用も取りざたされています。「民主的」資本主義へと舵を切るのか、そのためにどんな政策が出てくるか注目です。
「ショッピングセンターと地域の個人商店の両方を同時」に利用したいという私の願いはやはりエゴイスティックなものなのでしょうか?

不正競争防止法違反事件初公判(考察)

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不正競争防止法違反事件初公判(起訴事実)

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思文閣で宮武外骨展を見る

京都が時間の止まった町だというわけではない。駅ビルは華やかになり、北山通は拡張され25年前に住んでいたころの面影はない。住んでいた3件の下宿の2つまでが消えている(あとの一つはその後訪れていないが、たぶんあるだろう)。

それにも関らず、数年に一度京都に足を運ぶたびに、以前夢中になっていた何物かが記憶の引出しの奥のほう、衣魚のついた服の下から頭をもたげてくる。宮武外骨もそのひとつ。

外骨(がいこつ、晩年にとぼねと改名)は大政奉還の8か月前、香川県に生まれた。生涯に44タイトルの新聞雑誌を創刊し、政府や悪徳商人を批判しつづけたジャーナリストである。筆禍による入獄は4回、罰金や発禁処分多数という。こう書くといかにも外骨が権力に屈しない反骨の硬骨漢のようである。

が、外骨の魅力はストレートで単純な権力批判ではなく、そのユーモラスな風刺であった。不敬罪に問われ3年8か月投獄されるきっかけとなった「頓知研法発布」の画では、骸骨が研法を下賜する様が描かれ、「第一條、大頓知協会ハ讃岐平民ノ外骨之ヲ統括ス」と大日本帝国憲法の発布を揶揄している。

最も成功した『滑稽新聞』の表紙には、「天下獨特の肝癪を經(たていと)とし色氣を緯(よこいと)とす過激にして愛嬌あり」と記されている。悪政や腐敗に対する感情を、色気という表現の樽で熟成させてから世に出している。

もうひとつ面白いのが、「威武(いぶ)に屈せず富貴(ふうき)に淫(いん)せずユスリもやらずハッタリもせず」というコピー。当時のジャーナリズムの状況の一端が垣間見える。

※  ※  ※

私が宮武外骨を知ったのは、就職して新入職員研修を受けた時。そのユニークな研修のヒトこまで、講師の方が16人の新入社員に1000円札を一枚ずつ手渡した。これで本屋に行って、番組の企画を考えろというものであった。
本棚を眺めていた私の眼を引いたのが、吉野孝雄氏の『宮武外骨』 (1980年)。その後、各人が考えた企画を発表する機会があった。どんな観点で取り上げようとしたのかは覚えていないが、色気の樽で熟成させたものではなかったのは確かだ。

その後宮武外骨に関する本を何冊か読んだが、飽きっぽい私はいつの間にか忘れてしまった。もちろん番組として実現もしていない。

思文閣美術館HP

gaikotsu
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