ここはどこでしょう?

開墾


手がかりは一枚の写真だけ。

なんてミステリー小説によくありますね。宮部みゆきさんの『火車』では一軒の家の写真、背景になぜか照明灯というのがありました。

この写真の手がかりはなんと言っても飛行機ですね。こんなに低空で飛んでいるということは離陸ではなく着陸である、と分かった方は飛行機オタクです。いずれにせよ空港が近くにあるということは明らかです。航空会社が分からないので、国際線なのか国内線なのかはちょっと判別しかねます。
そして、右奥。鉄道と高速道路が交差しています。
ここまで来れば、地図上でこの位置を見つけることもできると思います。

さらに大ヒントを申しますと、手前の空き地はいずれ満開のピンクに染まることになります。電車からも、車からも、飛行機からも見える絶好のロケーションなのです。

火車 火車
宮部 みゆき (1998/01)
新潮社

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歌は

  • Day:2007.02.26 20:49
  • Cat:計画
合同歌謡発表会


歌いも歌ったり92曲。
東総地域の5つの歌の会が合同で、歌謡発表会が開かれました。
立派なステージで年一度、今年が16回目だそうです。出演者の平均年齢は、70歳くらいでしょうか。皆さん熱唱です。大きな声を出すことは健康にも良さそうです。
たぶん最近の演歌ばかりなのでしょう、ほとんど知らない歌でした。

音楽ってとてもセグメントされてしまったのかもしれません。「ザ・ベストテン」がポップスからフォーク、演歌までを一まとめにして放送していた頃は、誰もが知っている歌がありました。でも、今は年代や嗜好によって、とても細分化されているような気がします。ミリオンセラーが出ないはずです。

お客さんは500名を超えたそうです。こちらの平均年齢も70歳くらいでしょうか。私より明らかに若い人は、一人しかいませんでした。子も孫も、おじいさんおばあさんの晴れ姿を見ようとは思わないのでしょうか。

それでも熱唱は続きます。

ハクチョウとノスリ

  • Day:2007.02.22 20:43
  • Cat:魅力
バードウォッチャーの血が久々に騒いでおります。

朝、ハクチョウ狙いにまた田圃の真ん中に行ってきました。
が、白いもこもこは見つからず、代わりにこんな大物を撮影。

ノスリ

ノスリであります。初めて見ました。こんな猛禽類がいるってことは、野鼠やミミズ、堆肥に至るまでの食物連鎖が上手く機能しているってことです。この辺ってひょっとしてあまり農薬を使っていないのかもしれません。

冬の田圃はバードウォッチャーの天国ですね。ツグミやヒバリ、運がよければタゲリにも遭えます。

昼ごろ再び訪問。
今度はコハクチョウの70羽くらいの群れでした。昨日の群れほど警戒心が強くないのか、大群なので鷹揚に構えているのか鈍いのか、かなり近づいても飛び立とうとせずに、餌をついばんでいます。一羽が羽ばたいて危険を知らせてもあんまり気にしてませんね。

羽ばたき

『絵はがきにされた少年』を読む

著者は毎日新聞の特派員、5年半南部アフリカ地域を歩いて拾い集めた一人ひとりの声を、彼らの生きてきた(いる)時代や、J・M・クッツェーの小説と絡ませて、興味深く読ませてくれました。特に援助について考えさせられる部分があったのでとりあげます。

前々回の記事で私はこう書きました。

「困っている人に手を差し伸べることに反対する人はいませんよね。でも、あんまり助けすぎると今度はその人が甘えてしまって自立できなくなってしまう…というのはよく言われることです。」

この本を読んで、これすらも簡単には言えないなあと思った次第、特に前半部分です。

「助けるということは無償のようでいて、実は助けられる側に暗になんらかの見返りを求めている。援助には目に見えない依存関係が隠れている。誰かがごく自然に「アフリカを救わなくては」と考えた途端、その人はアフリカを完全に対等な相手とはみなさなくなる。友人同士のような関係は消え、極端なところ、支配と隷属に陥ってしまう。」

さらにザンビアの農村で会った、初老の女性の言葉が追い討ちをかけます。
「はっきり言って、食糧はもらいたくないんです。届いたときは皆喜び、何日間かは思いっきり食べますけど。なくなったとき、とても空しい気持ちになるんです。私たちはこんなに働いて、トウモロコシをつくっても、結局、ただでもらったほどのものをつくれない。だから、もらうのなら、まだ肥料をもらった方がいい。乏しい収穫を前に、これをどうやって分けて、どうやって食べていこうかと思っているときに、ただの食糧が来ると、もう働く気がしなくなるのです」

前々回の記述を、「困っている人」ではなく、「困っていてかつ助けを必要としている人」とすれば、とりあえずはいいのかもしれません。でも、対等な関係はこれでは築けませんね。

市民社会プロジェクトのインドネシア人専門家アシャルさんが、懇親会で言ってたことばを思い出します。

「私はいつも住民に言っています。国際機関や欧米ドナーのものと違って、このプロジェクトには予算がありません。それはこのプロジェクトがaidではないからなんです。このプロジェクトはcooperation projectなんです。bersama(インドネシア語で"共同して何かをする"の意)なんです」

ザンビアの女性と一緒にトウモロコシづくりをすることが、お互いの尊厳を大切にしながら生活を向上させていくことにつながる一つの道だとは思います。でも果たしてそういうことなのだろうか、このテーマは限りない深淵を孕んでいます。

オオハクチョウ越冬地の南限?

  • Day:2007.02.19 19:57
  • Cat:魅力
ハクチョウ

干潟八万石は北の方、ダイヤマまでもうすぐというところにコハクチョウが訪れるというのでぶらぶら行きました。1月24日の読売新聞千葉県版の写真を手がかりに。だめもとと思っていたのですが、思いのほか簡単に見つけられました。
初めは田圃に白い塊が置いてある、なんか藁束かしらん?と思ったのですが、双眼鏡で覗いてみると、動いていました。しきりに地面をつついているもの、丸くなって休憩しているもの、総勢40羽くらいです。どうもオオハクチョウとコハクチョウが一緒になっているようです。真ん中の幼鳥(みにくいアヒルの子でおなじみ、黒ずんでます)はオオハクチョウ、左の向き合っているのはコハクチョウですよね。

畦を、そろそろと近づきます。
一羽が首をもたげ、こちらを見ました。ホーエホエと鳴きはじめます。不審者発見!という意味でしょう。

他のハクチョウも重い腰を挙げて、不審者から遠いところへのそのそと移動し始めました。

なおも近づきますと、一列に勢ぞろいしてねぐらの方を見つめています。飛び立つ準備です。

不審者は「悪い悪い」とつぶやきながら畦を引き返し始めました。鳴き声はホアホアと変わります。不審者退却、警戒解除という意味でしょう。

ハクチョウたちはまた、餌をついばんだり、丸くなったりだらだらしはじめました。
ハクチョウ群れ
※オオハクチョウの越冬南限地は、コハクチョウより北で、茨城県古徳沼とか富山県田尻池、島根県宍道湖などと言われています。干潟八万石は前二者より緯度が高く、宍道湖よりはちょっと北にあたります。太平洋側での南限と言っていいかもしれませんね。

インドネシアの国際協力プロジェクト報告会

何を隠そう(隠してもしょうがないのですが)実は私、ジャカルタに三年間住んでいたことがあります。国際協力の実施機関JICA(ジャイカ)のインドネシア事務所員でした。1997年から2000年までのことで、大暴動や経済危機、チモール独立といった大事件が次々に起こった、インドネシアの一大転換期でもあります。

昨日はそのJICA(国際協力機構)で、一つのプロジェクトの終了報告会が開かれたので、いそいそと出かけました。
5shot

左から、東南スラウェシ州ワカトビ県知事のフグアさん、後発地域開発省次官のタタックさん、NGO「LINGKAR」代表のマナランガさん、凛々しい通訳の山田さん、NGO「INCREACE」代表のファリーさんです。

何のプロジェクトかと申しますと、地域住民のコミュニティを強化する世話役を育成するプロジェクトです。フグアさんとマナランガさんはその育成された世話役のうちの2人です。正式な名前は「市民社会の参加によるコミュニティ開発プロジェクト」といいますが、長すぎて覚えられませんので「市民社会プロジェクト」としておきます。

インドネシアというとバリ、じゃなくて開発(発展)途上国、開発途上国というと先進国からの援助、援助と言えば…、と連想される方も多いと思います。
このプロジェクトも日本の援助プロジェクトの一つですが、ちょっと一味違います。

困っている人に手を差し伸べることに反対する人はいませんよね。でも、あんまり助けすぎると今度はその人が甘えてしまって自立できなくなってしまう…というのはよく言われることです。

援助や国際協力の世界にも同じような問題があります。先進国が気前よくなんでもしてくれるので、いわゆる「援助慣れ」して自ら何とかしようとしなくなってしまうのです。
援助機関は獲得した予算を使わないと翌年減らされてしまうので使い切ろうと努力しますが、予算が過剰だったり、本当に必要としているところに使うことができないと、逆効果となってしまいます。

市民社会プロジェクトではこのような状況を何とかしたい、本当に住民達が必要としているところで、住民達が自分達の希望を自ら何とか解決できるような力量を備えることを支援する、ということを目的にしています。世話役は、その支援を直接する人です。

通常の援助事業では、住民参加型と銘打つ場合でもほんの数回住民達からヒヤリングをして、援助する側または援助される側の政府(中央・地方)が、プロジェクトのアウトラインを提示して進めていきます。それじゃあよくないんじゃないか、援助がなくなったら結局元の黙阿弥ではないか、というのが問題意識です。このプロジェクトは、行政⇒住民という流れを逆転させようという試みですね。世話役はその触媒でもあります。

PKPM報告会全景

心に残ったのは、「あれがない、これがない」と要望するよりも、「あるもの」を活かしてやっていこう、という気持ちを共有していることです。そう、よく 見ればあるんです、何もかも。

産廃処分場差し止め裁判

  • Day:2007.02.10 21:59
  • Cat:動機
銚子市、旭市、東庄町にまたがる管理型産業廃棄物最終処分場の差し止め訴訟の判決が1月31日に行われました。
結果は、原告側の主張を概ね認めるものでした。今夕、その報告会が松ヶ谷共同館で開かれるというのでお邪魔してきました。原告の産廃反対東総住民連絡会の主催です。
松ヶ谷報告会


いろいろ勉強になりました。ポイントを整理します。
(1)産業廃棄処分場には安定型と管理型があり、安定型は、廃プラスチック類、ゴムくず、金属くず、ガラスくず、コンクリートくず、陶磁器くず、がれき類の5品目を埋め立てます。これらは時間が経過しても性質が変化しないものです。管理型は、汚泥や燃え殻など、時間が経過すると変化するもの、つまり汚水が染み出したりするものを扱います。こちらの方が遮水シートを敷いたり手間暇がかかります。
(2)今回争われたのは管理型タイプです。遮水シートを敷き、その下には粘性土ライナーというものがあり、漏水検知システムや水処理装置で汚染を防ぐという計画のものでした。管理型処分場での差止め判決は鹿児島県鹿屋市の訴訟に続く2例めで大変意義深いこと。(安定型では勝訴例が多いようです)
(3)判決のポイントは、a)技術的な疑問(遮水シートには破損事故の事例があること、粘性土ライナーは地下水に直接触れると機能しないこと)、b)実施業者の維持管理能力への疑問(資金計画に無理があること、多額の債務があること、同和団体を称する組織を使って原告側に圧力をかけたことなど)です。
(4)公判のたびに多くの傍聴人が詰め掛けたこと、裁判官の現地調査の際にも訴えかけたことが、効果的だったこと。
(5)被告側の控訴期限は2/14。今後も買収などいろいろなことがあるだろうが、団結する必要があること。
(6)千葉県を相手取っている行政訴訟は、3月13日に結審、5月の連休明け頃に判決となるのではないか。これに勝利することがとても重要なこと。

いったい県は何を考えているのでしょうかね。裁判官よりも県の許可担当部局の方が産廃処分場についての知識は多いはずです。その県が許可した計画がこんなずさんなものだったんなんて。調べてはいませんが、県は条例や内部規定どおりに「審査」して許可したとか主張しているんでしょうね。これやばいよなあとか思っても、役人って淡々と進めちゃいますし。この人たちの真剣な表情を前にして、そんなことが言えますか。

松ヶ谷の人たち

水神社お神楽

okagura long

風の強い日曜の午後、後草(うしろぐさ)水神社永代御神楽全13演舞を堪能しました。
このお祭りは、私が子供の頃とても楽しみにしていたものです。その頃は小遣いを貰って買い食いするのと、最後に蒔かれるお餅だけが楽しみで、神楽はそっちのけでした。今見ると、神話の人物がたくさん出演してきてとても面白いものだと思います。
天狗は猿田彦、そう椿の海伝説の中では、下総と上総の間に椿の木を植えたとされる神様です。いろんなことが繋がってきますね。八幡神だけ写真を撮りそこないましたが、ご覧ください。私は稲荷保食命(読み方忘れてしまいました)が好きです、どことなく三船敏郎みたいで。

(田神の口上)
「サンゾウロウ サンゾウロウ
 当社ウブスナ様ノ祭礼ニテソウロウ
 チィットバッカシ ソォットバッカシ
 マイマショウトゾンジソウロウ」

sarudahiko
amenouzumenomikoto
urayasunomai
三宝荒神
天手力男命
榊葉
稲荷保食命
田神種播
恵比寿大黒
乙女の命
素盞鳴尊

“セントラル”in my mind

torasan

寅さん最終作品のたった一日だけの上映でした。
今日、銚子セントラルは閉館しました。
洋画二番館として、二本立てを見せてくれました。
ドラゴン怒りの鉄拳、フレンチコネクション2、大陸横断超特急、明日に向かって撃て‥、中学・高校時代の私とYMにとって、セントラルはかけがえのない存在でした。
今日でおしまいです。二度とあのスクリーンにレッドフォードが苦笑いすることはありません。
銀幕に最後に映ったのは、リリイと寅さんの行方の知れぬシャイな想いでした。
central

YMよ、なぜ死んだ、
30年前と同じように、俺はお前とこの劇場で映画が始まる前の興奮を味わいたかったじゃないか、
マルセイユの街を走り続けるジーン・ハックマンにお前は妙に感動していたな、
燃えよドラゴンのテーマ曲を口笛で吹いていたな、
なぜ、いま、俺の隣りにいない、
生きることが失い続けることだとしてもだ、そんなことはおまえだけじゃあないだろう‥、
恥ずかしそうに初めての銀縁眼鏡を取り出したお前のしぐさを、二度と忘れることができないじゃないか、

そしてセントラルよ、お前はYMを追いかけるように、閉じてしまうのか。もう若くはないハックマンが息を切らせて走るのを、お前はYMにまた見せてあげてくれるのか。

芽接ぎその後

metsugi1.27


暖冬です。地球温暖化でしょうか。ツバルやモルジブの島は海に沈んでしまうのでしょうか。

9月に接いだ河津桜の葉芽が、もう葉っぱを出していました。うまく活着したのはいいのですが、ちょっと早とちりさんです。

他の芽は、元気よくピンコ立ちしていました。不思議ですね、でも人間も臓器移植してるから同じようなものなのでしょうか。

そういえばフィリピンで腎臓売買が公認されそうだとか。公認されるってことは現に闇市場があるということなのです。相場は20万円くらいのようです。

何でもお金に換算されてしまうのですね。
変な話になってしまいました。

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