椿の海伝説

sateliteview

見慣れた東関東の衛星写真です。でもちょっと変だと思いませんか?利根川がやけに太い。印旛沼と一体化しています。それから利根川の右下、こんなところに湖ありましたっけ?

実はこれ、椿の海干拓前の下総地域の姿なのです(出典『千葉県の歴史』資料編考古3)。去年の8月16日の記事で触れましたが、今「干潟八万石」と呼ばれる大稲作地帯は江戸時代に湖を干拓してできたものなのです。

先日、県立東部図書館で2回連続の歴史講演会がありました。私は外遊中で拝聴できなかったのですが、資料だけいただいたところ、この写真があったのであります。さぞかしおもしろい講演会だっただろうと悔しい思いです。

もう一つの収穫は、椿の海伝説の詳細が分かったこと。なんと、松谷みよ子さんの本(講談社)で取り上げられていたのです。要約をご紹介。

昔々、葦原の中つ国にあったサルダビコという神様が、何を思ったか上総と下総の境あたりに椿の木を一本植えたところ、これが八万八千年後には梢は高天原に届くほど高く、枝や葉は三つの群に広がるほどの大木に育ったとのこと。春になって花が咲くと天が真っ赤になり、花が散ると地が真っ赤になったという。
ところが、いつのころからかおそろしい魔王がすみはじめた。その息を吹きかけられると人間、牛、馬はおそろしい熱病にかかって死んだ。
高天原から中つ国に下ってきたタケミカズチとイワイヌシがこのありさまを見て、魔王にいくさをしかけた。驚いた魔王は椿の木に抱きついてこれをゆすると大きな地震が起こった。魔王は大椿を引き抜き海めがけて放り投げ、これに乗って沖合い遠く逃げ出した。
大椿が投げ込まれたときのしぶきが滝のように天から降り注ぎ、椿を引き抜いたあとにたまって大きな湖になった。
これが椿の海である。

面白い話です。椿の花弁で大地が真っ赤になるさま、眼に浮かびませんか。
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チュマラの恋の物語

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その日の朝アディは海を見てました。アディの家はインド洋の目と鼻の先です。アディはきらきら光る朝の海を眺めるのが大好きです。波打ち際に聳える一本の大きな木もアディのお気に入りです。結婚して一か月、新婚生活の楽しさのせいか、いつにも増して海は美しく穏やかに見えていました。

突然海岸線が遠ざかっていきました。砂浜にとり残された魚が銀色に光っています。どうしたんだろうとアディは思いました。海を眺めていてこんな不安な気持ちになったのは初めてです。すると水平線が急に高くなるのが見えました。自分の身長が縮んだような、世界がせりあがってくるような気がしました。
アディは逃げようと椅子から立ち上がりました。夫を大声で呼びました。
次の瞬間、アディは水の中にいました。ソファもテーブルも、お皿も雑誌も水の中に浮かんでいます。
アディは必死で水の上に顔を出そうとしました。でも、いろんなものが邪魔でなかなか上がれません。ようやく顔を出して息が出来るようになった時、アディの眼の前には家から遠く離れたモスクの玉ねぎ型をした屋根が光っていました。

どこにどうつかまってどうやって助かったのか、アディはよく覚えていません。気がついたときにはモスクの前にしゃがみこんでいたのです。周りには大勢の人が倒れていました。ぴくりとも動かない人もいて、アディは逃げるように家に戻りました。でも、家はありませんでした。

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夫はいつか戻ってくる。避難所で過ごすアディは毎日そのことばかりを考えていました。
哀しくなるとアディは、いつも眺めていた大きな木の下で声を上げて泣きました。幹を這う何本もの宿り木の根に耳をあて、水の吸い上げられる音を聴きながら、夫を返してくださいと大きな木に願いました。
やがてアディの涙は枯れ果て、頬には跡が白く残りました。

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キャンプには外国人たちが大勢やってきました。水や食料、薬を持ってきてくれました。英語の得意なアディは、避難所のみんなが必要とするものを彼らに伝える役目をするようになりました。そして、外国からやってきたキリスト教の団体で働くようになりました。イスラム教徒のアディですが、その時は宗教のことはとりあえず考えないようにしました。

一年後、街は少しずつ活気を取り戻してきました。でもアディの住んでいた村は何もないままでした。生き残った数少ない人たちも、みんな恐がって戻ってきませんでした。アディは一人、家のあったところに小屋を作って住み始めました。

アディはヌルルと知り合いました。ヌルルはアディの小屋の雨漏りを直してくれたり、アディの話を長い時間黙って聞いてくれました。ヌルルの妻も行方不明のままでしたがヌルルはあまり話をしませんでした。話すと思い出して哀しくなるから、とヌルルはアディに言いました。二人はお互いに寂しさを埋め合わせました。

ある日ヌルルが言いました。チュマラの木の下で店を開かないか?チュマラって?とアディは聞き返しました。あの波打ち際に残った大きな木だよ、とヌルルは答えました。このときアディはヌルルのことを夫と同じくらい愛していることに気づきました。

アディとヌルルは今、チュマラの木の下で「CEMARA」という名の食堂を開いています。ウレレという名のこの海岸には、以前のように週末にはたくさんの若者で賑うようになりました。アディの村にも少しずつですが、知り合いが帰ってきています。

adi dan nurul

記事消失

11月に書いた記事が消えてしまいました。感想文と薪ストーブとさくらの里です。帰国してから復刻します。すみません。

劇団虹 アチェで初公演!

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11月25日から5日間、国際基督教大学(ICU)の学生を中心としたミュージカル劇団「虹」が、インドネシアのアチェ州の小学校などで「レインボー号航海記」と題したミュージカルを上演しました。
アチェ州は2年前の12月に大津波に襲われたところ、今回の「虹」の公演は被災した子供たちに楽しんでもらおうというのが第一の目的です。
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物語は、何でも望みが叶えられるというアカシアの木を求めて航海するレインボー号の乗組員たちが、航海中にさまざまな出来事に出会い、ぶつかりあい……、というもの。公演するうちにセリフはほとんどインドネシア語になっていきました。
子供たちの反応はというと、これが大受け。
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「参加型ミュージカル」と銘打つだけあって随所に盛り込まれた観客との共演場面-一緒に歌い、オールを漕ぎ、呪文を唱え-も楽しんでくれた様子でした。
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終了後はサイン攻め。ラジオにも出演し、すっかり人気者です。
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