陸山会事件の本質

  • Day:2011.10.08 11:10
  • Cat:時事
原発事故で舌鋒鋭く政府やマスメディアを批判するフリーランスのジャーナリストたち、上杉隆氏や神保哲生氏らが、陸山会事件ではその矛先を検察、検察審査会、裁判所に向けている。9月26日の元秘書3名に対する東京地裁の有罪判決については、証拠に基づかない裁判所の推認によるもので、「推定無罪」の原則を逸脱したものだと批判している。確かにその通りであろう。

しかし、4億円の土地取引を巡る陸山会事件の本質は、訴因とされている政治資金規正法違反(虚偽記入)罪でなない。小沢一郎氏が用立てたとされる4億円はどのように作られたのか、という点である。フリージャーナリストたちがこれについて言及しないのは不自然だ。

検察は3人の元秘書を政治資金規正法違反で、いわば別件逮捕し、小沢一郎氏の個人資産が形成される過程に何らかの違法行為があるというストーリーを描いたのであろう。西松建設や水谷建設から陸山会に巨額の金が流れたのと同様なことを想定し、うまくいけば贈収賄の摘発につながると。こちらが本件だ。

だが、検察は小沢氏本人を起訴するだけの証拠を発見することができなかった。ところへ、検察審査会の強制起訴という判断と、東京地裁による踏み込んだ判決が出た。登石(のぼりいしと読むのであろうか)郁郎裁判長は4億円に並々ならぬ関心を寄せ、判決では「原資不明」と言いながらも「小沢事務所が長年にわたる企業との癒着の下に資金を集めていた実態」の存在を匂わせている。このあたりが「推認」と批判される故であるが、登石裁判長は上記フリージャーナリストたちよりもジャーナリスティックな人間だと感じる。

※ ※ ※

10月7日付東京新聞*によると、前日開かれた陸山会事件小沢元代表初公判で、検察役弁護士の冒頭陳述は、石川知裕元秘書が小沢氏からの4億円を政治資金収支報告書に記載しなかった理由を、『「小沢先生が何らかの形で表に出せない」と考えた。資産報告書で預貯金を「なし」とした元代表による貸し付けは不自然。」としている。

預貯金なしなのに4億円を貸せるとはどういうことかと思うが、国会議員の個人資産公開の対象には普通預金やタンス預金は含まれていない。だから小沢氏は巨額の現金を有しながらも資産報告書では預貯金「なし」としたのだろう。政治資金規正法がザル法と言われるゆえんである。

初公判後の記者会見で小沢氏は4億円の原資を記者に問われ、「私のお金です。詳しくは検察に聞いてください」と、かなり不誠実な対応をした。検察審査会が起訴すべきとした事実は小沢氏が秘書らと共謀して土地購入費約3億4千万円を2004年の収支報告書に記載しなかったということであり、検察役弁護士はさらに小沢氏が貸し付けた4億円を記載しなかった事実を含めて起訴しているが、この4億円の出所そのものは裁判の対象ではない。**大善(だいぜん)文男裁判長が4億円の出所にどこまで関心を抱くのか。これがこの公判の最大の見どころである。

*余談だが先月から東京新聞の購読を始めた。
**もちろん起訴事実の有無を判断する際に斟酌されるべきこととして法廷で取り上げられるのだが、どこまで追及されるかは裁判所の訴訟指揮にかかっている。
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南スーダン独立式典

  • Day:2011.07.11 02:45
  • Cat:時事
stage

sudanlong

people

南スーダン独立前夜

  • Day:2011.07.08 22:07
  • Cat:時事
明日の独立を控え、南スーダンの首都ジュバでは連日パレードが繰り広げられている。ミニストリーロードと呼ばれる目抜き通りを、兵士や宗教団体、各部族が連日練り歩く。明日の本番に備えての予行演習。

練習の合間に、写真を撮ってくれと言われて一枚。右奥、地面には銃が並ぶ。

SPLA

明日の記念式典のプログラム。
11:15 軍事パレード 国家斉唱
11:35 キリスト教徒、イスラム教徒によるお祈り
11:45 独立宣言(議会議長)
11:55 国旗掲揚
12:05 憲法発布(大統領)
12:15 大統領宣誓
12:25 スピーチ
    IGAD代表
    アラブ諸国連合代表
    中国
    EU
    USA
    アフリカ連合議長
    国連事務総長
    国連総会議長
    オマル・アル・バシール スーダン大統領
    サルバ・キール 南スーダン大統領
14:00 祝砲
14:05 軍隊による国歌斉唱
14:10 軍隊退場

スピーチの面々を見るとなかなか興味深いが、一番目を引くのがバシール大統領だ。一週間程前にはスーダン空軍がアビエイからの避難民キャンプを空爆したというニュースが流れたが、それでもバシール大統領の出席は微動だにしない。仮にプロテストの意味で出席要請を取りやめていたら、確実に情勢は剣呑になることをみんなよく知っている。
もうひとつは国際刑事裁判所(ICC)から訴追されているバシール大統領が、国連事務総長と顔を合わせることだ。先月末のバシール訪中に伴う中国の対応を国連は強く非難していた。中国はICC非加盟だが、逮捕に協力する義務がある、と。それでも事務総長はバシール大統領と笑顔で握手を交わすだろう。明日はめでたい独立の日で、ここはまだICCはおろか国連にも加盟していない土地なのだから。

舌が二枚では足りない。国際政治は純粋な人には絶対向かない世界である。

ジャーナリストと外交官

  • Day:2011.01.30 09:34
  • Cat:時事
なるほど、ジャーナリストというのはああいう人のことを言うのだなと、エジプトのデモのニュースを見ていて思い出したのは、去る1月7日に南部スーダンはジュバのSSRB(南部スーダン住民投票ビューロー)で名刺交換した朝日新聞社カイロ支局長の若々しい顔であった。

俄か仕立ての役所だから仕方のない面もあろうが、たかだか顔写真を貼ってハンコを押すだけの取材許可証の発給に3日もかかるような不手際に、各国から詰めかけた記者たちが醸し出す苛立ちで空気がひりひりしているSSRBの前庭で、彼は同僚のナイロビ支局長と、ムバラク政権の今後について話していた。

「もう30年ですからね、しかも息子に継がせようとしている」という彼の口吻は、エジプト国民が長期政権に対して持っている憤懣やるかたない気持ちに日々接していることを充分に感じさせた。そして事実、あれから3週間も経たないうちにチュニジアの政変をきっかけとした、反ムバラクデモが一面を飾るようになった。

ジャーナリストには瞬発力とその前の「溜め」が欠かせない。先を読む目とその時が来る前に仕込んでおくネタや人脈のことだ。双方とも持ち合わせていない私としては、ジャーナリストビザを取ってスーダンまで来たものの、どこか居心地の悪い思いをすることしきりである。引き換え、カイロ支局長はさぞやいい記事を書いたのではないかと想像する。

※  ※  ※

優れた外交官にはもっと発言してもらいたいものだと思ったのは、先週水曜日夜8時からの「ニュースの深層」の生放送を見学しての印象だ。ゲストは前スーダン大使の石井祐一さん。レファレンダムの監視団長として年末から3週間南部スーダンに滞在した。

石井さんはいわゆるアラビストで、エジプト、イエメン等々中東地域で勤務を重ねてきた。長年にわたって中東を見続けてきた眼は、今回のチュニジア政変の持つ意味を的確にとらえている。曰く、

「アラブ諸国にとって、民主化と強硬なイスラム主義者たちのコントロールを両立させることは非常に難しい課題である」

??と思う人も多いのではないかと思う。

現在のアラブ諸国=長期独裁/強権政治で、その崩壊後には明るい民主化がやってくるのではないかと思いたくなるからだ。しかし実際に強権政治の後に民主勢力が政権をとるという保証はない。強硬なイスラム主義政党が台頭する可能性も高いのである。(エジプトのムスリム同胞団は反ムバラクデモを支援している)

欧米からは民主化せよという圧力があるが、そうすれば強硬なイスラム主義者も勢力を伸ばしてしまうので、世俗政権を守るためにも強権的な政治をせざるを得ないという考え方のようだ。

眼から鱗の一時間だった。

エジプトでは政教分離が定着しているからムバラクが退陣しても大丈夫だろうという見方もあるが、トルコでも政教分離が危うい状況にあるらしい。私は個人的には穏健なモスレムの人々はとても親切で寛容だと感じているが、イスラム教政党が政権を握ることには反対だ。いや何であれ宗教政党が政権をとることを望まない。思想・信条の自由を脅かすものは排除しておきたいからだ。

ニュースの深層「スーダン南部 住民投票で独立へ」明日朝4時から再放送の予定。

身近な不正

  • Day:2010.09.25 06:12
  • Cat:時事
戦前の話かと耳を疑うような話…郵便不正事件で特捜部主任検事がフロッピーディスクを改竄したという例の話である。

前田恒彦容疑者は、2009年5月26日厚生労働省元係長の自宅からフロッピーディスクを押収、偽証明書の作成日時を、検察のストーリーに合わせて書き換えたと報道されている。

権力を持った人間が思い込みで捜査し、都合の悪い物証を変造するのでは、狙われた方はたまったものではない。久々に脚光を浴びた「フロッピーディスク」*も居心地の悪い思いをしているだろう。

※ ※ ※

さらに興味深いのは昨日の読売新聞の報道。前田容疑者の改竄に気付いた検事3名が、今年1月30日にその事実を特捜部副部長に告発していたという。しかし、副部長と部長は前田容疑者の主張(過失)を鵜呑みにして(というかこれが事実であって欲しいと願ったのだろうが)何も手を打たなかった。

私が「興味深い」のは、上司たちの行動は論外として、その後3人の検事はなぜ沈黙したのだろうかということである。

直属の上司が何も手を打たないのならば、最高検へ伝えるとか、マスコミにリークするとか手はあると思う。弁護側の証人として出廷することだって考えられる。それをしなかったのはなぜなのか?

前田容疑者の行為が犯罪だという確信が持てなかったのだろうか?上司に告発した以上そうではあるまい。検察内部での告発は即捜査機関への告発だから通常の組織内でのそれとは意味が違う。意を決して告発したからには相当の確信があっただろう。

確信があったが、それ以上の手を打たなかった。それは、「もう自分はやることはやった、後は上司の責任だ」と考えたからかもしれない。または、「最高検やマスコミに知らせることは大阪地検の一員としてすべきことではない」「そこまでやると組織にいられなくなる(つまり職を失う)」という理由かもしれない。

いずれにせよ、1月末から何もなされなかったために、9月10日の無罪判決までの9か月間、村木元局長は不安な日々を過ごさざるを得なかった。3人の検事はこの事実をどう受け止めているのだろう。彼らがさらに行動を起こしていれば、起訴取り下げとなって元局長の苦痛は少し短くて済んだかもしれない。

無罪判決が出たからまだよい。有罪判決だったら…想像するだに恐ろしい。

※ ※ ※

身近な不正行為にどう処するかというのは案外難しい問題だ。これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学には、ユナボマーを告発した弟の事例と、家族を告発しなかった故に職を追われた大学学長の事例が紹介されている。両例とも肉親を告発することへの躊躇いと、法を守ることの葛藤の事例である。ユナボマーの弟が告発した理由は、しなければさらに犠牲者が増えるから、ということだった。ここでは守るべき「利益」の比較衡量がなされている。「利益」を比較衡量して物事の判断を下す立場は功利主義につながる。ベンサムの「最大多数の最大幸福」だ。サンデル教授は功利主義を退けているが、ここではその功利主義に立ったとする。

沈黙した3人の検事が守ろうとしたのはいったい何か。組織(ひいては自分の職)であろう。結果的に大阪地検の信用は地に落ちたが、たとえ大阪地検の信用が表面上守られたとしても、それが元局長を苦痛から解放すること-ひいて「正義」-より重いとは私は思わない。


*改竄された文書の最終更新日時は2004年6月1日。この頃までフロッピーディスクを使っていたというのはにわかに信じがたいことである。
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