夏目の堰がこんなことに!

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数年ぶりに夏目の堰に行ってみたら、篠竹のすきまからちらっと見えた水面に数え切れないほどの白鳥がいて思わず声が出た。以前はこんなにいなかったのに、いつの間にか白鳥の越冬地になっていたのですな。これまで冬を過ごしていたところがなくなってしまった、というような事情でなければいいが。

でかい望遠レンズのカメラマンも10人ほど。
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復興きずな祭り

旭市では400人以上の人が仮設住宅に身を寄せている。震災は終わっていないのだ。

kizuna1.jpg今日は彼ら自身によるイベントが催された。復興きずな祭りである。

kizuna03.jpg太鼓やよさこいソーラン、気力を奮い起こす音が響く。その中心人物が下右の仲條さん。左は東京新聞宇田薫記者。kizuna7.jpg
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駆けつけてくださったのは酒々井すいすい倶楽部と酒々井町役場の面々。kizuna05.jpg伺ったところ、酒々井町にはお酒の湧く井戸があるという伝説があり(何ともうらやましい)、すいすい倶楽部はこれにちなんで5年前から【新酒祭り】を始めたグループとのこと。この日のために放置自転車10台を修理して持ってきて下さった。kizuna02.jpg
kizuna06.jpg支援したのは飯岡まちおこし実行委員会。彼らの30年以上にわたる活動を、今月15日(土)18時半からUstreamのライブ番組旭ジャーナルでご紹介します。

旭ジャーナル第一回配信

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地域情報を伝える自分たちのメディアを目指して、【旭ジャーナル】第一回の配信を6月7日(火)11時から行った。

場所は飯岡地区横根にある旭市社会福祉協議会の一角。私たち3人は10時に集合しセッティングをする。

インターネット配信をするには当然のことだがネットに接続しなければならない。これが一番頭の痛い問題である。東京23区内であればたぶんWimaxでうまくいくが、千葉県北東部は圏外なので、従来のネット環境を使うしかない。訪問先にネット環境があれば、そのルーターにつながせていただくことになる。だが通信速度次第ではうまくいかない可能性もある。この日はカメラとパソコン、対談場所のセッティング後、30mのLANケーブルをひきまわして、インターネットに接続した。

しかし、Ustream Producer(ユーストリームで配信するときのソフト、無料)で配信を開始しても「Live」の表示が出ない。慌ててスピードテストをしたところ、上りの通信速度は0.5Mbps。てっきりひかりだと思い込んでいたがADSLだった。これは画質を落とすしかないと、設定を変える。

それでも配信状態にならない。本番まで20分に迫っていた。せっかく快くご承諾いただいて、ご多忙のところ予定を調整していただいたのに、「つながりませんでした」では合わせる顔がない。焦る。

苦し紛れにログイン後のUstreamページ右上にある「ライブ配信」をクリックした。すると、奇跡のように「Live」の表示がモニター画面左上に出た。このまま、中断しないように接続状態を維持することにした。気がつくと汗でびっしょり。

※ ※ ※

お話は市社協の高野会長と、現場で奮闘された高埜さんに伺った。3月16日から31日までの間に、延べ7608名のボランティアを受け入れるなんて、もちろん彼らにとって初めての経験だ。私も2回手伝いに参加したが、その受け入れ体制がやけにスムーズなことに正直驚いた。1回めよりも2回目は、2000人近くのボランティアが参加した(実際には500名くらいにはニーズが集まらなかったので帰ってもらったそうなので約2500人)にも関わらず、登録、ニーズとのマッチングまでの待機、資材の分配、現場までの輸送がとても円滑に行われていた印象がある。

その大きな理由の一つには、立ち上げから受け入れ体制の整備、資機材の調達、人員輸送、ニーズの掘り起こしのあらゆる面で多くの人たちの協力の申し出があったそうだ。お二人は参加者はもちろん、運営に協力してくれた方々への感謝を口にした。

詳細は http://www.ustream.tv/channel/旭ジャーナル

30分の時間があっという間に過ぎた。終了後、高埜さんが被災者から送られた色紙を見せてくれた。飯岡に住む親御さんのもとへ、柏からかけつけた娘さんが後に送ってくれたものだそうだ。

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高埜さんは「番組中に見せたほうがよかったですかね」と笑う。私にはその一言が嬉しかった。

気になる場所

三か所気になっているところがあった。

津波をかぶって、どうなってしまったのかと。

見に行くのも気が引けてたが、今日意を決して。

一つ目は飯岡漁港の北端、屏風ヶ浦の南端だ。

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見たところ特にダメージはない。ハマヒルガオも咲いていた。

次は屏風ヶ浦の北端、銚子側だ。昨年ここで何度か撮影をした。

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何箇所か崩落していた。コンクリートで固めた法面がはがれている。海辺にはまだ残骸が。

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最後の一つは最も気になる場所、あの耳がどうなったか。

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「立入禁止」フェンスの左扉がもぎとられてしまっていた。1億5千年前の岩でできた耳は…

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ほっとした。

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全国区

「千葉のどちらのほうですか?」

と聞かれ、頭をかきながら、

「銚子の隣で、『あさひ』ってところです」

と応えていた。

相手は初めて聞く地名に困惑の表情を浮かべるのみである。

さらに、ちょっと前までは、

「海の上と書いて、『うなかみ』っていう農村です」だった。

ここまで来ると知らないほうが当たり前だから「へえ~」というリアクション。

それが今は、

「ああ、旭ですか」と話が早い。

でもそのあとに、「大変ですね」という言葉が続くようになった(なってしまった)」

言うまでもなく、津波被害とその後に続く放射能被害の所為である。

※ ※ ※

少し前までは東京で語られることが地元でさらに切実さをもって語られるなんて想像できなかった。

それが28日、原子力研究者の講演会が行われた。シーベルトやベクレルが私たちの口にも膾炙する。

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元日本原子力研究所の笠井篤さんがおいでくださった。氏のお話で印象に残ったフレーズを記す。順不同。

1.東電福島原発からの放射能の流出は終わっていないのだから、今後もスポット的に放射性物質による汚染の高い場所が現れるおそれあり。

2.ひとに対する被ばく線量が年間1ミリシーベルトと規制している法律はない。あるのは放射線管理区域および周辺監視区域の外は、年間1ミリシーベルトとすべきという規制である。(だからひとの被ばく線量が法律で年間1ミリシーベルトと決まっているとおっしゃる学者には疑問、という文脈だった)

3.CTスキャンやレントゲンによる被ばくは、その結果得られる情報が治療の役に立つが、原発からの被ばくは何の役にも立たない。この両者を比較してはいけない。ちなみに日本人の被ばくに占める医療被ばくの割合は断トツ。

4.セシウムは地中5cm程度に収まっているが、ストロンチウム90はもっと深くまで入っている。

5.原発がCO2を出さないからクリーンなんてとんでもないと言ってきた。環境の人からはいじめられた。

6.太陽光発電はパネルを作るのに電気が大量に必要だし、またその処分が大変。

7.校庭の放射線量3.8μシーベルトを認めたのは夏休みまでの暫定的なもの。小佐古氏が辞任したのは勇み足。

8.自然エネルギーで有望なのは地熱発電だろう。ニュージーランドでは水力と地熱だけでやっている。

9.核分裂による原子力発電は核融合までの過渡的なもの。

10.100ミリシーベルト以下の被ばくと発がん、白血病発症の因果関係は立証されていない。

※ ※ ※

10番目をどう考えるかが一番問題か。因果関係は分かっていないが、少しでも被ばくを避けようとするかどうか。いずれにせよ、車で10分とかからない文化会館で、こんな話が聞けるとは思わなかった。
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